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十勝岳 大正泥流から100年|特設サイト

1926年(大正15年)5月24日に発生した融雪型火山泥流を振り返り、火山災害と「災害への備え」についてまとめました。

100年前の出来事(大正泥流とは)

1926年(大正15年)5月24日16時18分頃、十勝岳で噴火が発生。
中央火口丘北西部の崩壊に伴う高温の岩屑なだれが残雪を溶かして大規模な融雪型泥流となり、上富良野町・美瑛町方面へ流下しました。泥流は短時間で山麓へ到達し、集落・農地・橋梁・鉄道などに甚大な被害をもたらしました。死者・行方不明者は144名に上りました。
※数値・時刻は公的資料に基づきます(下記の気象庁、内閣府、美瑛町のリンク先の資料をご参照ください)。

過去の調査結果:十勝岳では過去3,500年間に火山泥流が少なくとも11回確認されています。積雪期や残雪期の噴火では、融雪型泥流災害に特に注意が必要です。


噴火の経過と泥流の到達

提供:上富良野町

「1926年の噴火の様子」【写真提供】上富良野町教育委員会

提供:上富良野町

「泥流により流され集積した流木」【写真提供】上富良野町教育委員会

気象庁に掲載されている1926年噴火に伴う活動状況の変化を時系列で示します。

出典:気象庁「十勝岳 有史以降の火山活動」
月日 時刻 現象・概要
1923 6月 溶融硫黄の沼出現。
8月 溶融硫黄が 7~8 m 吹き上がる。
1925 12月23日 中央火口丘の火口内の大噴(おおぶき)から噴火。鳴動。
1926 2月中旬頃 大噴(おおぶき)火口からレキ放出。
4月5~6日 大噴火口から降灰。中旬には火柱。
5月4~5日 鳴動。
5月7日 小噴火:火柱・噴石・降灰。新火口形成。
5月13~17日 13~14日:有感地震。13~17日:鳴動・噴煙(活動活発化)。
5月22日 鳴動(山麓でも感じる)。大噴火口からレキ放出。
5月24日12:11頃 噴火。小規模泥流を確認。
14:00頃 噴火。
16:18頃 噴火。中央火口丘北西部が破壊され、高温の岩屑なだれが残雪を溶かし大規模泥流発生(平均速度約60 km/h)。2カ村(上富良野・美瑛)埋没、死者・行方不明144名 等。
9月 8日:噴火(噴煙高度 4600 m)ほか。崩壊部に楕円形の火口(大正火口:130×50 m、深さ30 m)形成。
1927 1~4月
6~9月
度々小噴火または黒煙。
1928 1月16日 噴煙。
3月5日 噴煙・降灰。
12月4日 水蒸気噴火(大正の活動、最後の噴火。噴火場所は大正火口)。
1926年の泥流の概念図(主な流下方向:富良野川・美瑛川系)
1926年の噴火に伴う噴出物および泥流分布図
多田・津屋(1927)を一部改変.

半壊せる家屋と累積した流木

「半壊した家屋と累積した流木」【写真提供】上富良野町教育委員会

泥流がひいた跡の流木の山と半壊家屋

「泥流がひいた跡の流木の山と半壊家屋」【写真提供】上富良野町教育委員会

押し潰された家屋と累積された流木

「押し潰された家屋と累積した流木」【写真提供】上富良野町教育委員会

泥流の中を避難する藤森源蔵氏

「泥流の中を避難する藤森源蔵氏」【写真提供】上富良野町教育委員会

鉄道線路の被害状況

「鉄道線路の被害状況」【写真提供】上富良野町教育委員会

上富良野橋から眺望

「上富良野橋から」【写真提供】上富良野町教育委員会

仮橋を通り罹災者を見舞う近親者

「仮橋を通り罹災者を見舞う近親者」【写真提供】上富良野町教育委員会

押鉄道線路の補修工事

「鉄道線路の補修工事」【写真提供】上富良野町教育委員会

旭川地方気象台と1926年5月24日の天気

旭川測候所

噴火当時、旭川地方気象台は「旭川測候所」として旭川区8条通11丁目(現在の旭川市8条通11丁目)にありました。

旭川測候所

現在、旭川地方気象台は旭川市宮前1条3丁目15号にある旭川合同庁舎にあります。

噴火が発生した1926年5月24日の天気図と気象データ

天気図(午前六時)

1926/5/24 午前6時 天気図

天気:雨
気温:10.2℃
風向・風速:風弱く風向定まらない・0.1m/s
12時間降水量:15mm

天気図(午後六時)

1926/5/24 午後6時 天気図

天気:雨
気温:12.8℃
風向・風速:風弱く風向定まらない・0.1m/s
6時間降水量:9mm

天気図(北太平洋地域)

1926/5/24 北太平洋地域 天気図

噴火後(融雪型火山泥流流下後)の調査

写真は山麓、市街地附近から始まり火口に至る順で示しています。

1926年5月24日の噴火後に行われた調査の写真を山麓、市街地附近から始まり火口に至る順で示しています。
写真概要

「山加事務所前(事務所ハ上富良野市街ヨリ約二里半ノ附近ニアリ)ヨリ見タル十勝岳連峰ト硫黄山噴烟、中央ノ最高三角頂ハ十勝丘」


【現代語訳】
山加事務所前(事務所は上富良野市街より約二里半の付近にある)から見た十勝岳連峰と硫黄山の噴煙で、中央の最も高い三角形の頂は十勝岳である。

「山加事務所下方約二里附近ヨリ見タル十勝岳連峰ト硫黄山ノ噴烟、中央三角頂ハ十勝丘」


【現代語訳】
山加事務所下方約二里付近から見た十勝岳連峰と硫黄山の噴煙で、中央の三角形の頂は十勝岳である。

「上富良野市街北部方面流木混ニ泥流、硫黄ノ粉末ヲ交ヘテ約三尺ノ深サニ堆積ス此附近ハ全部肥沃ノ水田地ナリシ泥流ハ遥カ向フ山麓右側ヨリ樹林ノ中間附近鉄道線路ヲ破壊シテ流下シ来タルモノナリ」


【現代語訳】
上富良野市街北部方面では、流木を混じえた泥流が硫黄の粉末を含んで約三尺の深さに堆積している。この付近はすべて肥沃な水田地であった。泥流ははるか向こうの山麓右側の樹林の中ほどから鉄道線路を破壊して流下してきたものである。

「三重團体部落(上富良野市街ヨリ約一里爆發孔ヨリ約五里)ニ流轉シ来タリシ巨石周圍二十八尺高サ九尺余ノモノニシテ附近一面ハ流下シ来リタル泥土ノ堆積二尺ニ及ブ」


【現代語訳】
三重団体部落(上富良野市街より約一里、爆発口より約五里)に流れ着いた巨石は、周囲二十八尺、高さ九尺余りのもので、付近一帯は流下してきた泥土が二尺に及んで堆積している。

「富良野川流域(爆發孔ヨリ約二里十町)流木泥流岩石轉下ノタメ川身川底破壊ノ景、高丘樹林帯以下ノ斜面ハ泥流ニ洗ハレタル痕跡トス」


【現代語訳】
富良野川流域(爆発口より約二里十町)は、流木・泥流・岩石の転下のため、川の流路と川底が破壊された状況であり、高丘の樹林帯以下の斜面には泥流に洗われた跡が見られる。

「富良野川上流(爆發孔ヨリ約一里二十五町)附近泥流々通ノ跡ニテ無数ノ石ハ上流ヨリ轉落流下シ来リタルモノトスジュリンノ上部朧ニ山体ヲ見ル其中央噴烟ノ個所ハ爆發孔ナリ」


【現代語訳】
富良野川上流(爆発口より約一里二十五町)付近は、泥流通過の跡であり、無数の石は上流から転落・流下してきたものである。樹林の上にかすかに山体が見え、その中央で噴煙を上げている場所が爆発口である。

「富良野川上流(爆發孔ヨリ約一里二十五町)國有林下部附近流木堆積ノ情景」


【現代語訳】
富良野川上流(爆発口より約一里二十五町)の国有林下部付近の、流木が堆積した状況である。

「富良野川上流(爆發孔ヨリ約一里二十五町)國有林訳二町ノ幅ニ破リ泥流塊石流下ノ跡景」


【現代語訳】
富良野川上流(爆発口より約一里二十五町)では、国有林が幅二町にわたって破れ、泥流と巨石が流下した跡の景である。

「富良野川上流大曲リ(爆發孔ヨリ約一里二十町)附近泥流通過ノ跡、左方高丘斜面ハ泥流ニ洗ハレタル跡ニテ最モ高キ所ハ川底ヨリ約四十尺ニ達ス」


【現代語訳】
富良野川上流の大曲り(爆発口より約一里二十町)付近の泥流通過の跡で、左方の高丘斜面は泥流に洗われた跡であり、最も高いところは川底から約四十尺に達する。

「元山事務所下方約十町附近(爆發孔ヨリ約三十町)ヨリ泥流通過ニヨリテ、國有林欠潰ノ跡ヲ望ム」


【現代語訳】
元山事務所下方約十町付近(爆発口より約三十町)から、泥流通過によって国有林が欠潰した跡を望む。

「元山事務所、此ニハ事務所硫黄精錬所人夫合宿所倉庫物置等数棟ノ建物アリシモ瞬間狂奔ノ泥流ニヨリ殆ト微塵ニ破壊僅ニ小屋三棟半壊を残セルノミニテ右側ノ材片ハ家屋ノ破壊物ナリ居住者ノ内二十五名ノ死者ヲ出セリ事務所ハ上富良野市街ヨリ四里強海抜千七十一米ニシテ硫黄山爆發孔ヨリ約十八町北西下方ニアリ、元山事務所下方ヨリ泥流通過ノ跡ト硫黄山爆發孔ヨリ噴烟ヲ望ム景ニテ爆發孔下方段丘ノ白鼠色ハ火山灰ノ堆積、其下方半潰小屋右側ニ續ク斜面ニ細キ数条ノ痕跡ヲ残セルハ明カニ泥流ノ方向ニテ此附近表土全ク洗ハレ赦色ノ盤土ヲ露出セリ爆發孔ノ右方ニ聳ツハ前十勝丘」


【現代語訳】
元山事務所には、事務所・硫黄精錬所・作業員合宿所・倉庫・物置など数棟の建物があったが、瞬間的に狂奔した泥流によりほとんど粉砕され、わずかに三棟の小屋が半壊して残ったのみである。右側の材木片は家屋の破壊物である。居住者のうち二十五名の死者を出した。事務所は上富良野市街より四里余り、標高1,071メートルにあり、硫黄山爆発口より北西へ約十八町下った場所にあった。元山事務所下方からは泥流通過の跡と硫黄山爆発口の噴煙を望む景色で、爆発口下方の段丘が白鼠色に見えるのは火山灰の堆積である。その下方の半壊した小屋、右側に続く斜面に細い数条の痕跡が残っているのは明らかに泥流の方向で、この付近の表土はすべて洗い流され、淡色の基盤が露出している。爆発口の右側にそびえるのは前十勝岳である。

「元山事務所右方高丘ヨリ黄山爆發孔ヨリ噴烟ヲ望ム、高丘ノ右方細流ハ富良野川ノ發端ナリ」


【現代語訳】
元山事務所右方の高丘から硫黄山爆発口の噴煙を望む。高丘の右方の細流は富良野川の起点である。

「前十勝丘裾合ヨリ元山事務所方面ニ續キ四段ノ隆起部ヲ越ヘ泥流通過ノ跡左方隆起ハ約二十尺に達ス此附近爆發孔ヨリ百四十米低ク北西ニ約十五町ヲ去ル泥流は此等隆起地形ノ抵抗ヲ突破シテ遂ニ元山事務所ヲ全滅惨害ヲ見ルニ至リシ其勢力ノ如何ニ猛烈強大ナリシカ眞ニ想像外ナルベシ」


【現代語訳】
前十勝岳の裾合から元山事務所方面へ続く四段の隆起部を越えた泥流通過の跡で、左方の隆起は約二十尺に達する。この付近は爆発口より140メートル低く、北西に約十五町離れている。泥流はこれらの隆起地形の抵抗を突破し、ついに元山事務所を全滅の惨害に至らしめた。その勢力がいかに猛烈・強大であったかは、まさに想像を超えるものである。

「前十勝丘裾合ヨリ元山事務所方面ニ續キ四段ノ隆起部ヲ越ヘ泥流通過ノ跡」


【現代語訳】
前十勝岳の裾合から元山事務所方面へ続く四段の隆起部を越えた泥流通過の跡である。

「富良野川發端渓流隆起部泥流通過ノ痕跡」


【現代語訳】
富良野川発端の渓流の隆起部における、泥流通過の痕跡である。

「富良野川發端渓流左側(爆發孔ヨリ西北西ニ約十二町)附近泥流四層ニ推積シタル狀景」


【現代語訳】
富良野川発端渓流左側(爆発口より西北西に約十二町)付近で、泥流が四層に堆積した状況である。

「硫黄山爆發孔下方四町附近ヨリ泥流々下ノ狀景、鼠白色ニ見ユルハ其跡ニテ中央ノ大部分及ヒ左翼は富良野川ニ向ヒ右翼ノ二条ハ美瑛川ニ向ヒタルモノトス」


【現代語訳】
硫黄山爆発口下方四町付近から見た、泥流が流下した状況である。鼠白色に見えるのはその跡で、中央の大部分と左翼は富良野川に向かい、右翼の二条は美瑛川に向かったものである。

「硫黄山爆發孔下方四町附近ヨリ泥流々下ノ狀景」


【現代語訳】
硫黄山爆発口下方四町付近から見た泥流流下の状況である。

「爆發孔下部傾斜面ニ於ケル崩壊物火山灰ノ堆積ト「ラバ」?冷却ニヨリ亀裂ヲ生ジタル線ノ狀景」


【現代語訳】
爆発口下部の傾斜面における、崩壊物と火山灰の堆積、および「ラバ(溶岩)」?の冷却によって亀裂を生じた線状の景である。

「爆發孔西壁内部ニ堆積セル火山礫ノ裂皺」


【現代語訳】
爆発口西壁内部に堆積した火山礫の裂け目である。

「爆發孔内噴煙ノ狀景 北壁部ヨリ撮影」


【現代語訳】
爆発口内の噴煙の状況で、北壁部から撮影したものである。

「爆發孔内噴煙ノ狀景、西壁下部ヨリ撮影」


【現代語訳】
爆発口内の噴煙の状況で、西壁下部から撮影したものである。

1926年以降の十勝岳のマグマ噴火

1962年5月30日

1962年6月29日の噴火。【写真提供】上富良野町教育委員会
噴石により大正火口縁の硫黄鉱山事務所を破壊。 死者5名、負傷者11名。
翌日30日には、噴煙の高さが12,000mに達する噴火が発生。降灰は知床、南千島方面にまで達した。

1988年12月25日の小噴火(GIF動画)

1988年12月25日の噴火。旭川地方気象台 十勝岳火山観測所から職員が撮影
12月10日、ごく小規模な噴火から始まり1989年3月5日までに水蒸気噴火とマグマ水蒸気噴火が計28回発生した。
幸い、噴火の規模はごく小規模から小規模であったため人的被害には至らなかった。

火山災害への備え

火山災害を知ろう!

火山災害の種類

(Yahoo!ニュース制作図解:商用利用不可・図解を分割編集しての使用不可)

噴火警戒レベル

噴火警戒レベル

(Yahoo!ニュース制作図解:商用利用不可・図解を分割編集しての使用不可)

【十勝岳】現在の活動状況と監視・観測体制

最新の十勝岳活動状況

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