気象庁地震観測所技術報告  第7号 34~41頁 昭和61年6月

松代群列地震観測システムによる地下核実験の記録

涌井仙一郎,柿下 毅

Seimograms of Underground Nuclear Explosions observd by the Matsushiro Seismic Array System
Sen'ichiro WAKUI, Takeshi KAKISHITA

1.はじめに
 当所は国際協力業務の一環として,世界の地震観測とその解析およびデータ交換を行なっており,観測される地震記録の中には地下核実験等の人工爆発も含まれていることから,この観測も行なっている。
 地下核実験を探知識別するには地震学的な方法が最善であるとされ,外務省は地下核実験の探知,情報交換のために国内体制の整備と国際的ネットワーク作りに取りくんでいる。当所もこれらの国際的地震データの交換実験への参加,技術面での協力を行なってきていた。
 松代群列地震観測システム(Matsushiro Seismic Array System,MSASと略称)の整備とデジタル処理技術の向上による波形解析処理の発達等によって地下核実験の探知,識別が可能になりつつある。
 ここではMSASの観測による地下核実験の記録について報告する。
 
2.地下核実験の記録
 1984年4月~12月の期間,USGSで震源決定された地震の中からExplosionと記されているイベントは59個あった。この中からMSASの短周期地震計で探知された地震は17個あり,その内容は第1表に示した。第1国はUSGSで震源決定した地震の中から当所で探知された地震分布図である。図中●印で示したものが地下核実験である。Nevada Test Site(N.T.S.)とKazakh地域に区分するとN.T.S.は5回,Kazakhは7回,その他ハンチマンシスク,ノバヤゼムリャ等は5回あった。
 MSASの短周期地震計に記録されたN.T.S.とKazakh地域の地下核実験についてそれぞれ2イベントの記録例を第2図に示した。いずれもP波群は振動10秒位の単純な減衰をしており,他に顕著な位相は認められない。
 
3.イベントの識別
 第1表に示した地下核実験は中低威力程度(mb=5.0~5.5)以下のエネルギーに相当するものが多く,当所では比較的微弱なイベント信号である。そこで識別能力を高めるためにMSASの波形処理プログラムによりSNRの向上に努めている。1984年5月27日のKazakh地域での地下核実験記録の波形処理例を次に示した。
 ① ビームフォーミソグ(波形合成)
 松代局と各観測局のP波到着時刻の遅延時刻から到来方向と見掛け速度を求め,各観測点の信号値を加え合せたものが第3図のBFと記されたチャンネル波形である。これにより松代局の初動時刻が明瞭になる。
 ② デジタル・フィルター
 ノイズ帯域の周波数を除去しSNRの向上を計るために各種フィルターが用意されている。その中からチェビシェフ・フィルターと予測誤差フィルターを各観測点毎に処理した例を第4図に示した。比較的周期の長い信号はチェビシェフ・フィルターの方が良く適している。
 ③ 波形の重ね合せ
 各観測点におけるP波群の同じ山(谷)の時刻を少しずつずらし,P波初動の重ね合わせ処理をしたのが第5国の最下段の波形である。各局波形とも初動3波位はほぼ一致しているが,それ以後は相似波形記録にならない。
 ④ 座標軸の変換
 地震波の到来方向および入射角を求め,上下・水平動三成分の波形データより,R,SV,SHの座標変換をおこない,波形の極性を明瞭にしようとしたのが第6図である。
 
4.地下核実験と自然地震の比較
 自然地震は破壊域の体積が関与し,有限な時間過程により発生するが,地下核実験は点破壊で,Impulsiveな震源過程である。又,地震波の発生は断層のずれによる縦波と横波であるが,地下核実験はほとんど縦波であり,波動エネルギーや振動の周期が異なる。
 自然地震の多くは極く浅いものでも地下核実験より深い。これらの相違から自然地震と地下核実験との簡単な比較を行なった。
 ① 地震記録の比較
 MSASの短周期地震計に記録された1984年5月27日のKazakh地域での地下核実験記録と同震央距離でしかも,震源の浅い地震(同年10月1日Solomon Is.)との記録を比較したのが第7図である。地下核実験記録はP波初動付近で最大振巾となり,その後は単純な減衰をしている。自然地震はどの地域でも地下核実験に比べると複雑な地震波形記録であり,最大振巾となる周期も,地下核実験のものより長くなっている。
 MSASの長周期地震計に記録された5月27日のKazakh地域の地下核実験と,これとほぼ同震央距離の地震(同年7月5日Solomon Is.)の記録を比較したのが第8図である。P波,S波,表面波とも検出される自然地震は多いが,この地下核実験にはS波を検出しにくい。
 地下核実験はその発震機構からP波のみを発生するものであるが,二次的に爆源付近の地殻を破壊して,断層を生じたり,動かしたりするために自然地震に似た地震波が重なる。そして,規模の大きい地下核実験程二次的波壊が大きく,若干Sが含まれる。しかし,一般地震の浅い地震においては,P波よりS波の方がはるかに大きい。したがってS波とP波の振巾比は識別に有効な手段となる。
 高感度長周期地震計により,実体波と同一水準に表面波の探知が可能となったり,地下核実験では横ゆれのラブ波がレーリー波に比べて発達しないので・表面波の振動面積をはかって識別することが実用的な方法として考えられる。
 ② mbとMsの比較
 地下核実験と自然地震を識別する一方法としてmbとMsの関係を調べる方法がある。第9図はKazakh地域とN.T.S.地域のmbとMsの関係を示した。図中の黒丸印はN.T.S.,×印はKazkh地域での地下核実験をそれぞれ示している。両者ともmbとMsの関係に顕著な差があり,地下核実験から発生する表面波は極端に小さい。このことから自然地震との識別は可能であるが,長周期成分に記録されないと短周期記録のみから識別することは不可能である。
 ③ P波と表面波のスペクトル
 地震動にはいろいろな周波数の波が含まれているが,短周期地震計上下動成分のP波初動を80Hzサンプリングで約25.6秒間のデータを用いてFFT解析を行なった。第10図はKazakh地域の地下核実験と自然地震の速度スペクトル分布の比較図である。太線は地下核実験で,細線は自然地震である,対象とした地下核実験と自然地震は第2表に示した。ピーク周波数は両者とも1Hz前後にあり,スペクトルの形状は殆んど同じ結果となっている。第11図はN.T.S.の地下核実験と自然地震の速度スペクトル比較図である。ピーク周波数は両者共1Hz前後にあり,地下核実験は,1Hz以上の高周波振巾レベルが自然地震より相対的に大きい。第12図は長周期上下動成分のレーリー波部分,約27分間の速度スペクトル分布の比較図である。表面波部分の両者スペクトル分布はP波群より形状の違いがみられる。地下核実験のピーク周波数は約25秒で,自然地震より長周期成分の振巾レベルは小さい。
 地下核実験と自然地震のスペクール分布の相違はそれぞれの震源過程の部分をも反映したものと考えられる。つまり,単純な震源過程である地下核実験に比べ,自然地震の発生機構はより複雑である。
 
5.おわりに
 KazakhとN.T.S.地域で行なわれた地下核実験をMSASの記録から比較した。その結果P波とS波の振巾比,ラブ波とレーリー波の振巾比等から識別が可能である。また地下核実験のP波スペクトル分布は自然地震によるものより,短周期波が卓越し,長周期波のものは比較的小さい。地下核実験の表面波(レーリー波)スペクトル分布は約25秒付近にピーク周波数があり,その分布は自然地震に比べて単純である。このように地下核実験と自然地震の波形記録やスペクトル分布の相違はそれぞれの震源過程や伝播経路等に影響されている。
 今後,波形処理プログラムの改良等により地下核実験の識別がより速く確実に解析されるよう,又,国外のデータを用いて震源計算の実験等を試みていきたい。
 
参考文献
1)国連局軍縮課(1978):包括的核実験禁止のための地震現象の探知識別に関する国際的協力について.
2)閑 彰,涌井仙一郎,北村良江(1980):松代における地下核実験の記録,地震観測所技術報告,1,22-30.
3)山岸要吉,泉 末雄,山本雅博(1973):松代地震観測所で観測した地下核爆発と自然地震の地震波動について,験震時報,38,37-46.
Origin time(UTC)
 
発現時
 
mb
 
Ms
 
Dist.
 
AZ
 
Flinn,
1965

 
Location
 
  年 月 日 時 分  秒  分 秒              
1984  04 15 03 17 09. 10 25 22. 86 5.7 44.6 306.8   329 E.K.SSR
 05 01 19 05 00  00 17 08. 95 5.3 4.2 79.6 51.5   041 N.T.S.
 05 26 03 13 12  40 21 21. 35 6.0 44.0 307.0   329 E.K.SSR
 05 31 13 04 00  10 16 08. 57 5.8 4.1 79.6 51.5   041 N.T.S.
 07 14 01 09 10  50 17 20. 31 6.2 4.6 44.1 307.0   329 E.K.SSR
 07 21 02 59 57  10 10 03. 11 5.4 59.6 313.6   724 W.Russia
 07 21 03 09 57  00 20 02. 72 5.3 59.6 313.6   724 W.Russia
 07 25 15 30 00  00 42 07. 12 5.3 79.2 51.5   041 S.N.T.S.
 08 11 18 59 57  80 09 28. 77 5.3 54.7 328.9   335 UralMountains
 08 25 18 59 58  60 08 35. 7 5.4 47.4 324.0   725 W.Siberia
 09 13 14 00 00  00 12 08. 30 5.0 79.5 51.5   041 N.T.S.
 10 25 06 29 57  70 39 20. 74 5.9 4.7 53.5 339.2   648 Novaya
 10 27 01 50 10  60 58 20. 69 6.2 4.4 44.1 307.1   329 E.K.SSR
 12 02 03 19 06  30 27 15. 21 5.8 4.6 44.0 307.1   329 E.K.SSR
 12 15 14 45 00  00 57 07. 61 5.4 79.3 51.5   041 N.T.S.
 12 16 03 55 02  70 03 12. 67 6.1 4.6 44.1 307.1   329 E.K.SSR
 12 28 03 50 10  70 58 20. 97 6.1 4.1 44.2 307.0   329 E.K.SSR
第1表:MSASで検知した地下核実験の表(1984年4月1日~12月31日)
 
   Kazakh              
発 現 時 (UTC)   H mb Ms Dist. AZ Remark
 月 日 時 分 秒            
1984  04 15 03 25 28.9 0 5.7 44.6 306.8 Explosion
 10 27 01 58 20.9 0 6.2 4.4 44.2 307.1
 04 13 22 12 53.2 172 5.8 43.0 165.2 Earthquake
 09 30 20 56 43.4 73 5.8 43.5 165.0
 05 30 07 57 26. 175 6.2 43.0 160.2
N.T.S              
発 現 時 (UTC)   H mb Ms Dist. AZ Remark
 月 日 時 分 秒            
1984  05 01 19 17 09.0 0 5.3 4.2 79.6 51.5 Explosion
 07 25 15 42 07.1 0 5.3 79.2 51.5
 04 26 10 22 58.2 10 6.0 5.3 75.8 250.2 Earthquake
 08 30 16 18 20.0 33 5.9 5.7 80.0 145.0
 12 30 21 49 08.5 33 6.2 6.8 81.5 149.0
第2表:スペクトル解析に用いた地下核実験と自然地震の表

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