1 やませとは

やませ(山背)とは、初夏から盛夏にかけて北日本の太平洋側を中心に吹く東よりの風です。オホーツク海方面から冷たい海洋上を通って吹き込む冷たく湿った風によって、北日本の太平洋側では曇りや雨の天気が続き、低温や日照不足となります。

図1から図3は、典型的なやませが吹くときの天気図と気象衛星画像、日最高気温の平年差です。オホーツク海高気圧から吹く東よりの冷たく湿った風が北日本から関東地方の太平洋沿岸に吹き込み、これらの地方では霧や低い雲が広がり、低温となっています(図2、図3)。

一方で、その霧や低い雲は奥羽山脈や関東地方周囲の高い山に遮られ、風下の日本海側や甲信地方にはほとんど広がっていません。

この事例では高気圧がオホーツク海付近に停滞することはなく、やませの影響も一時的でしたが、影響が長期にわたると冷害となることがあり、東北地方ではこれまで度々やませによる冷害に見舞われてきました。岩手県出身の詩人・宮沢賢治は、その詩「雨ニモマケズ」の中で“サムサノナツハオロオロアルキ(寒さの夏はおろおろ歩き)”とやませによる冷夏を表現しています。

図1令和7年7月11日12時の地上天気図

図2令和7年7月11日12時の気象衛星画像

図3令和7年7月11日の日最高気温の平年差

2 平成5年(1993年)の冷夏

過去の冷害の中で特に顕著だったのは、平成5年の冷夏によるものです。この夏は、ほぼ全国的に記録的な低温になりました(図4)。

長雨と日照不足も重なり、気象庁が梅雨入りと梅雨明けの統計を開始した昭和26年(1951年)以降で、沖縄・奄美地方を除き梅雨明けを特定できなかった唯一の年です(令和8年(2026年)現在)。

図5は、平成5年の夏(6~8月)平均の海面気圧及びその平年偏差です。日本付近には帯状に水色の負偏差が広がっています。これは通常、夏に勢力を強める太平洋高気圧の日本への張り出しが弱く、日本付近に梅雨前線が停滞しやすかったことを示しています。また、オホーツク海付近にはオレンジ色の正偏差が明瞭に見られ、度々オホーツク海高気圧が出現したことを示しています。

オホーツク海高気圧の出現によって、東北地方にはやませによる冷たく湿った空気が流れ込んだほか、梅雨前線などの影響も加わって低温で雨が多く、日照時間の少ない状態となりました。

この天候不順により、水稲、野菜、果樹などの多くの作物が生育不良となったほか、水稲ではいもち病などの病害も発生し、非常に大きな被害をもたらしました。

水稲の作況指数の全国平均は74で「著しい不良」、都道府県別では35道府県で「著しい不良」となった結果、全国的にコメが不足して“平成の米騒動”と騒がれる事態となりました。

図4平成5年夏の天候
上段から平均気温平年差(℃)、降水量平年比(%)、
日照時間平年比(%)を示します。

図5平成5年夏平均の海面気圧及びその平年偏差
実線は実況(hPa)、陰影はその平年偏差を示します。

3 季節予報

東北地方ではこれまで何度も冷害に見舞われてきました。特に昭和初期から昭和10年代にかけては、冷夏による水稲の凶作が多発しました。

この対策として季節予報に強い関心がもたれるようになり、中央気象台(気象庁の前身)は昭和17年(1942年)に初めて、東北地方を対象に季節予報を発表しました。

季節予報の開始から平成初期までの約50年間、全ての種類の季節予報は観測・解析値に基づく統計的(経験的)手法で行われていたました。具体的には、エルニーニョ/ラニーニャ現象※1と日本の天候との統計的な関係を利用する方法や、大気循環場の実況が似た年が将来も似ると仮定する類似法などで行われていました。その後、計算機能力の向上や数値予報技術の発展を踏まえ、平成8年(1996年)には1か月予報で、平成15年(2003年)には3か月・暖寒候期予報で、数値予報モデルを用いた力学的な手法が採用されました。その後も継続的に技術開発が進められ、季節予報の予測精度は向上を続けています。

気象庁では、引き続き予測精度の向上に取り組み、冷害を含む災害の被害低減に貢献していきます。

※1:エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象です。逆に、同じ海域で海面水温が平年より低い状態が続く現象はラニーニャ現象と呼ばれ、それぞれ数年おきに発生します。エルニーニョ現象やラニーニャ現象は、日本を含め世界中の異常な天候の要因となりえると考えられています。
五六豪雪
令和元年東日本台風