海洋の二酸化炭素吸収·表面海水中のpHの分布及び長期変化傾向の見積もり方法

1.表面海水中の二酸化炭素及びpH分布の見積もり方法

二酸化炭素は、海水中に溶けて炭酸になります。炭酸は、水素イオンを解離して炭酸水素イオンや炭酸イオンを形成し、これらの化学種の間で化学平衡の状態を保っています(海洋酸性化の知識「海洋酸性化」参照)。海水中の二酸化炭素の化学平衡に関係する要素のうち、広く測定が行われているものとして、二酸化炭素分圧(pCO2)、全炭酸濃度(DIC)、全アルカリ度(TA)、pHの4つの要素が挙げられます。これらの要素のうち2つが分かれば、他の要素を計算によって求めることができます。

海洋観測データ(GLODAPv2:4.使用データ参照)の解析から、TAと海面水温・海面塩分・海面高度との間の関係性を利用し、表面海水中のTAの分布を求めることができます。また、この推定されたアルカリ度を用いて、表面海水二酸化炭素観測データベース(SOCAT:4.使用データ参照)の二酸化炭素分圧観測値からDIC計算することができます。DICと、水温・塩分・海面高度・混合層深度・クロロフィル濃度との間には、海域や季節によってそれぞれ特徴の異なる相関関係があり、これを利用して、水温と塩分の解析データや衛星による海面高度・クロロフィル濃度の観測データから、表面海水のDICを推定することができます。海水中の二酸化炭素の化学平衡に基づいて計算することにより、これら2つの要素から表面海水中の二酸化炭素分圧やpHの分布が求められます。観測値が得られている海域での推定値と観測値の比較から、この手法による二酸化炭素分圧及びpH推定の不確かさはそれぞれおよそ11µatm、0.01程度と見積もられます。

*分圧:二酸化炭素濃度を圧力の単位で示したもの。全炭酸濃度:海水中に溶けている二酸化炭素濃度の総量。全アルカリ度:海水による酸を中和する能力。詳細は海洋の二酸化炭素の観測: 海洋の二酸化炭素の観測項目と方法を参照。

2.表面海水中のpH分布の長期変化傾向の算出

上記手法で求められた緯度(全球:1度、日本近海:0.25度)、経度(全球:1度、日本近海:0.25度)、月ごとのpHの値から、平均からの偏差の年平均値が求められます。全海洋あるいは海域ごと(下図の着色された範囲)でこの偏差を平均した値を用いて、pHの長期変化傾向を、10年あたりのpH低下速度として求めています。長期変化傾向については、地球温暖化に関する情報の「長期変化傾向(トレンド)の解説」のページの解説もご参照ください。

海洋による二酸化炭素吸収量見積もり範囲  海洋による二酸化炭素吸収量見積もり範囲

二酸化炭素及びpH見積もり範囲(左:全球、右:日本近海)

3.大気-海洋間の二酸化炭素交換量の算出

緯度1度、経度1度、月ごとの大気-海洋間二酸化炭素交換量は、以下に記載した式によって算出されます。

F = K × (pCO2seapCO2air)

Fは二酸化炭素交換量です。Kはガス交換係数で、風速の影響を表します。気象庁では、Sweeney et al. (2007) により求められた係数を、Naegler (2009) の手法に基づき、JRA-3Q(4.使用データ参照)の風速場に合わせて用いています。Kは風速の2乗に比例します。表面海水中の二酸化炭素分圧(pCO2sea)は、1.で述べた手法から求め、大気中の二酸化炭素分圧(pCO2air)は、気象庁の解析値を用います。

このようにして求められた大気-海洋間の二酸化炭素交換量を、時空間的に積算することで、二酸化炭素吸収量を求めることができます。気象庁では、上図の着色された範囲の二酸化炭素交換量を積算することによって、海洋による二酸化炭素吸収量を求めています。

4.使用データ

表面海水中の全アルカリ度観測値: Global ocean data analysis project version 2 (GLODAPv2(英語): Olsen et al. 2016)

表面海水中の二酸化炭素分圧観測値: Surface ocean CO2 atlas (SOCAT(英語): Bakker et al. 2016)

大気中の二酸化炭素濃度: 気象庁の全球解析データ(二酸化炭素分布情報)

海面水温: 気象庁全球日別海面水温解析(MGDSST: 栗原ほか,2006)の月平均値

海面塩分: 気象庁海洋データ同化システム MOVE/MRI.COM-G3(全球)、日本沿岸海況監視予測システム MOVE/MRI.COM-JPN(日本近海)

海面高度: コペルニクス海洋環境監視サービス(英語)の提供する解析

海面気圧·海面風速:気象庁による長期再解析(JRA-3Q: Kosaka et al. 2024)

海面クロロフィル濃度: 欧州宇宙期間(ESA)がGlobColour (英語)で公開している、人工衛星(SeaWiFS·MODIS/Aqua·VIIRS·MERIS)が観測した海色データから求めた海面クロロフィル濃度。1997年以前のデータについては、1998年以降の月別平均値を利用

参考文献

  • Bakker, D. C. E. et al. 2016: A multi-decade record of high quality fCO₂ data in version 3 of the Surface Ocean CO₂ Atlas (SOCAT). Earth Syst. Sci. Data, 8, 383-413. doi:10.5194/essd-8-383-2016.
  • Kosaka, Y. et al. 2024: The JRA-3Q reanalysis. J. Meteor. Soc. Japan, 102, doi:10.2151/jmsj.2024-004.
  • 栗原幸雄・桜井敏之・倉賀野連,2006:衛星マイクロ波放射計,衛星赤外放射計及び現場観測データを用いた全球日別海面水温解析.測候時報,特別号,73,S1-S18.
  • Naegler, T., 2009: Reconciliation of excess 14C-constrained global CO2 piston velocity estimates. Tellus, 61B, 372-384.
  • Olsen, A. et al. 2016: The Global Ocean Data Analysis Project version 2 (GLODAPv2) - an internally consistent data product for the world ocean, Earth Syst. Sci. Data, 8, 297-323. doi: 10.5194/essd-8-297-2016.
  • Sweeney, C., E. et al. 2007: Constraining global air-sea gas exchange for CO2 with recent bomb 14C measurements. Global Biogeochem. Cycles, 21, GB2015, doi:10.1029/2006GB002784.

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