東経137度定線の概要

東経137度定線の歴史

気象庁を代表する海洋観測定線である東経137度に沿った測線(以下、137度定線:Masuzawa, 1967; Oka et al., 2018)の観測は、凌風丸II世(1,598トン)が就航した翌年の1967年の冬季に開始され、50年が経過しました。 この137度定線は、後年、気象庁長官や日本海洋学会長を務めた増澤譲太郎博士が「できるだけ大規模な現象の一般的変動を調べるため、島や海山などの局所的影響が少なく、北太平洋を代表する黒潮や北赤道海流等の海流系を横断する測線」として選定したものです。 ユネスコ政府間海洋学委員会(UNESCO-IOC:Intergovernmental Oceanographic Commission)の公式計画として日本が中核となって計画した「黒潮およびその隣接海域の共同調査(CSK:Cooperative Study of the Kuroshio and Adjacent Regions)」に参加する形で始まりました。

開始当初の137度定線は、志摩半島大王崎の南東沖の北緯34度からニューギニア島沖の南緯1度まで(現在は北緯3度まで)の約3,900 kmにおよぶものでした。 観測回数は、開始当初は、冬季だけの年1回でしたが、1972年に夏季の観測を開始し、以後年2回の観測となっています(1992–2009年まで春季と秋季の観測も実施されています)。 また、観測点の間隔は、黒潮流軸周辺の北緯34–32度は20’間隔(約37 km;現在は北緯31–34度は20’間隔、30–31度は30’間隔)で、それ以南は1度間隔(約110 km)です(図1)。 観測項目は、技術の進展に伴い観測機器や分析装置は変更されてきましたたが、開始当初から現在も水温、塩分、溶存酸素、栄養塩やクロロフィルaといった項目は変わっていません。 その後追加された項目としては、1980年代には、社会的な動向を反映し、地球温暖化の原因物質である温室効果ガスの監視のため洋上大気と表面海水中の二酸化炭素があり、これらの観測データも30年以上蓄積されています。 さらに、地球温暖化予測のための地球システムモデルに不可欠な炭素循環の変動を解明するため、二酸化炭素に関連する海水中の炭酸系パラメーター(全炭酸、アルカリ度、水素イオン濃度指数(pH))やフロン類の観測も行っています。 なお、取得した観測データは、すべて気象庁HP「海洋の健康診断表」から公開しています。

図1 東経137度定線の観測点

図1 東経137度定線の観測点

(左)現在の観測点()、(右)観測開始時からの緯度毎の観測点と観測深度。縦軸は緯度、横軸は年を表す。
色は、最大観測深度が、 : 1000m未満、 : 1000mから2000m未満、 : 2000mから4000m未満、 : 4000m以深、を表す。

137度定線の観測は、国内外の観測プロジェクトの一翼を担ってきました。 その代表が、1990年代に行われた世界海洋循環実験計画(WOCE:World Ocean Circulation Experiment)への参加です。 この計画は、各大洋を海面から海底まで稠密に観測することで深層に至る海洋循環の実態と変化を把握しようとするものです。 137度定線も北西太平洋域における測線のひとつとして位置づけられ(WOCEではP9と呼ばれている)、1994年に通常の半分の測点間隔(緯度30’間隔)で、パプアニューギニア沿岸まで全測点海底直上までの観測を実施しました(Kaneko et al., 1998)。 その後、2010年と2016年に再観測を行い、現在、全球海洋各層観測プログラム(GO-SHIP:Global Ocean Ship-based Hydrographic Investigations Program)の高頻度測線や、全球海洋酸性化観測ネットワーク(GOA-ON: Global Ocean Acidification Observing Network)の一部に位置づけられています。

このように、多様な観測項目を長期間に亘って継続している定線観測は世界的にも類をみません。 また、観測開始からのすべての観測データを公開し、研究者を始めとする利用者が容易に利用できる形で提供していることで、国内外の海洋関係機関から高く評価されています。 2016年には北太平洋海洋科学機関(PICES:North Pacific Marine Science Organization)から、北太平洋の海洋科学の進歩に貢献したことが評価され、POMA賞(PICES Ocean Monitoring Service Award)を受賞しました。

東経137度定線の意義

137度定線の観測を開始した頃のことについて、増澤博士は、「大規模な長期変動を調べることが目的だとしても、年1回の観測で成果が得られるのかという疑念が常につきまとい、価値判断は30年くらい経ってからという思いを抱いていた。」と回想しています(増澤, 1978)。 しかし50年を経た137度定線の観測データは、北西太平洋の海洋構造や、エルニーニョ/ラニーニャ現象などの気候変動・物質循環変動に関する海洋物理・生物地球化学の長期変動に関する100編以上の論文に使用され、多くの知見をもたらしました(137度定線の観測データを使用した7編の論文が、2013年に出版された気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)第5次評価報告書に引用されています)。

このように137度定線の観測データが国内外の多くの研究者に注目され利用される大きな要因として、年2回とはいえ毎年同じ時期に、決められた同じ位置で、同じ観測項目の観測を継続されていること、また測器や観測技術の進展に伴い、測定手順やデータ処理は変化したものの、データの品質を保たれていることが挙げられます。 これらは、気候変動に関連する海洋内部の長期変動の原因やそのメカニズムを理解する上で、また、数値モデルの検証にとって、非常に重要です。

東経137度定線の海洋構造の特徴(流れ、水温、塩分等)

137度定線は北太平洋における時計回りの亜熱帯循環の西端に位置し、この海域の主要な海流である、黒潮(Kuroshio)、北赤道海流(North Equatorial Current)、北赤道反流(North Equatorial Countercurrent)を横断してます。 これらの流れと力学的に対応する構造が、特に水温躍層の南北分布に明瞭です。 最近、10日間隔で2000 mの深さを上下する自動昇降型中層フロート(アルゴ(Argo)フロート)のデータ解析から、北赤道海流の下層にアメリカ西海岸まで続く東向きの北赤道潜流(North Equatorial Under Current)が確認されました(Qiu et al., 2013)。 今後この流れの長期変動の理解に、137度定線のデータが利用されることが期待されます。

また、特定の形成過程を持ち、特有の水温や塩分の値で定義することができる北西太平洋域の代表的な三つの「水塊」を確実に捉えています(図2)。 一つは、房総半島沖の黒潮続流域で冬季に400 m程度の深さまで発達する深い混合層が海洋内部に潜り込み、137度定線の黒潮流軸南側の北緯20–33度、深さ約100–400 mに広がる鉛直方向に水温・塩分の変化が小さい等温(等密度)層として特徴づけられる北太平洋亜熱帯モード水(NPSTMW:North Pacific Subtropical Mode Water)」です。 あとの二つは塩分で特徴づけられます。 一つは、冬季にハワイ周辺において蒸発が盛んになることで形成される海面付近の高塩分水が海洋内部に潜り込み、北赤道海流で西に運ばれ、137度定線の北緯7–30度の300 m以浅に広がる塩分極大層(塩分34.9以上の高塩分水)として特徴づけられる北太平洋回帰線水(NPTW: North Pacific Tropical Water)」です。 もう一つは、本州東方の三陸沖で、親潮水と黒潮水が混合することで形成され、黒潮続流を横切り亜熱帯循環内に広く分布する低塩分水で、137度線の黒潮流軸南側の300–800 mの深さにおける塩分極小層(塩分34.2以下の低塩分水)で特徴づけられる「北太平洋中層水(NPIW:North Pacific Intermediate Water)」です。

2017年夏季の137度定線の水温・塩分断面図

図2 137度定線の(左)水温、(右)塩分断面図

横軸:緯度、縦軸:深さ(m)
主要な海流の位置(水温断面図上部の矢印):黒潮、北赤道海流、北赤道反流(赤:東向きの流れ、青:西向きの流れ)
北太平洋の代表的な水塊:(1)北太平洋亜熱帯モード水、(2)北太平洋回帰線水、(3)北太平洋中層水

東経137度定線が捉えている長期変動

観測開始当初の137度定線の観測の成果としては、黒潮流路の変動エルニーニョ/ラニーニャ現象に伴う海洋内部の水温や塩分の分布の違いによる海洋構造の理解に貢献しました(例えば、Masuzawa 1967;Masuzawa and Nagasaka, 1975;佐伯, 1987;Qiu and Joyce,1992)。 また季節予報の観点から、137度定線の熱帯域の海水温変動と日本の夏の天候の相関も見出されています(栗原, 1985)。

観測を継続してきたことで、増澤博士が考えていたような大規模な長期変動(経年(3~5年)、十年スケール、長期トレンド)に関する成果をあげてきました(例えばSuga et al., 1989, 2000;Nakano et al., 2005, 2007, 2015;Oka et al., 2015, 2017)。 これらの成果は、主要な海流の流量や「水塊」の特徴を変動の指標とし、大気再解析データ(例えば、JRA-55等)や衛星による海面高度計データ等を組み合わせて解析することで、北太平洋で特徴的な十年スケールの変動や長期トレンドについての理解が進みました。

一方、二酸化炭素に関するデータ解析から、表面海水の二酸化炭素の長期変動は、エルニーニョ/ラニーニャ現象や亜熱帯循環の変動と関係していることが明らかになりつつあります(Midorikawa et al., 2012)。 また、海洋内部への二酸化炭素の蓄積量の変動も捉えるようになってきました。 さらに、海洋が二酸化炭素を吸収してきたことにより、海面だけでなく海洋内部でも水素イオン濃度指数(pH)が低下する海洋酸性化が着実に進行しているということが明らかになっており、「海洋の健康診断表」から、これらの情報を公開しています。 また、生物や炭素循環の変動と関係する溶存酸素量については、137度定線の亜熱帯循環域(北緯20–25度)において、1980年代半ば以降顕著な減少傾向にあることが明らかになっています(Takatani et al., 2012)。

今後の東経137度定線の観測への期待

近年、海洋観測の主役はArgoフロートや人工衛星のような自動観測プラットフォームに移りつつあります。 しかし、水温、塩分などの物理パラメーターや、炭酸系をはじめ多くの生物地球化学パラメーターの観測データを、海面から海底直上まで高い精度で取得できるのは、今も船舶観測をおいてほかにありません。 地球温暖化や海洋酸性化が進行する現在、海洋の微小な変動を検知し、長期変動・変化の実態とメカニズム解明を進める上で、今後も船舶による長期観測の重要性は、微塵も揺らぐことはありません。 一方、気候変動に対する適応策の策定のため、地球環境の将来予測モデルの開発が進んでます。 今後、このモデルにおける海洋内部の変動の再現性の検証等への活用が期待されます。

参考文献

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