気象庁精密地震観測室技術報告 第29号 109~117頁 平成24年3月

墓石の転倒被害と震度の推定
- 2011年6月30日長野県中部の地震-


渋谷 大樹

Estimation of JMA Seismic Intensities Based on Overturned Gravestones
- the Earthquake in Central Nagano Prefecture on 30 June, 2011 -

Hiroki SHIBUYA

1.はじめに
 2011年6月30日8時16分頃,長野県中部を震源とするマグニチュード5.4(震源の深さ約4km)の地震が発生し,長野県松本市で観測史上初となる最大震度5強を観測した他,山形村で震度4,塩尻市や安曇野市,諏訪市などで震度3を観測した.この地震により,松本市の主に南部地域では墓石の転倒や屋根瓦の落下,ブロック塀の倒壊など多くの建物被害が生じた.今回の地震の最大震度である震度5強は,比較的被害の少ない松本市中心部(松本市丸の内)で観測されたものであり,より被害が集中した南部地域ではもっと強い揺れであった可能性が指摘されている.事実,三宅・他(2011)の観測では松本市丸の内よりも大きな加速度を観測した地点も確認されており,精密地震観測室と松代地震センターが行った住民アンケート(2012)や新聞等の一部報道においても震央に近い地域では震度5強より強い揺れだったとの見方も出ている.このように被害の大きい地域に地震計がない場合,周囲の墓石等の転倒状況から地震動の加速度や震度を見積もる手法が昔からよく用いられている.本稿では松本市内各地で生じた墓石の転倒被害から地震動の大きさや卓越方向,及び震度の推定を試みることにした.

2.松本市周辺の震度分布
 松本市とその周辺には,第1図に示すように気象庁震度観測網(以下,気象庁),ネットワーク(以下,自治体),防災科学技術研究所による強震ネットワーク(以下,K-NET)及び基盤強震観測網(以下,KiK-net),東京大学地震研究所強震観測データベース(以下,東京大学)による加速度型強震計が配置されている.今回の地震は松本市南部の観測点の空白地域で発生している.発震機構解は北西-南東方向に圧縮軸を持つ横ずれ断層型で余震分布は主に北北西-南南東方向に長さ数kmの範囲で分布しており,これに沿う未知の断層が左横ずれしたものと考えられる.この地震動による計測震度の分布を第2図に示す.松本市丸の内よりも震源域に近い松本市島立および松本市神田でも震度5強に相当する値を示しており,強震動の範囲の広さを窺うことができる.なお,公式な震度観測点となっているのは気象庁,自治体およびK-NETのみであるため,それ以外の観測点については加速度記録から別途算出した計測震度相当値を掲載している.

3.墓石の転倒と加速度
 転倒した墓石等から加速度を推定する簡便な指標として,水平加速度を重力加速度に対する比として表した水平震度がよく用いられている.ここで第3図に示すように墓石の高さをH,幅をB,質量をmとした墓石を考える.重力加速度をgとし,地震動によって地面(台座)に加速度αが作用したとした場合,墓石の重心Gには地震動とは反対方向の慣性力mαと重量mgがかかることになる.この合力の作用線が墓石の底面より外側であればA点を支点として墓石は転倒を開始することになり,その条件はA点回りのモーメントから以下の式で与えられる.
α/g>B/H (1)
 この式によれば倒れた墓石の寸法を調べることで作用した加速度を見積もることができるが,これは水平方向に静的に力が加えられた場合の条件であり,実際の地震動の場合には震動周期や継続時間にも大きく左右される.また,墓石と地面(台座)との摩擦やすべり,上下方向の地震動の影響やロッキングなども考慮する必要がある.加えて墓石や灯篭の底面の形状により,転倒方向が制限されている場合も多い.このように墓石が転倒に至る過程には微妙な点も多くあるが,墓石は強震計よりも広範囲にかつ同じような形で分布しているため,地震動の大きさや震度の見当をつけるための簡易な手法として現在でも利用されている.

4.調査方法
 6月30日の地震当日に行った精密地震観測室・長野地方気象台の被害調査[精密地震観測室・松代地震センター(2012)]に加え,7月から9月にかけ松本市の南部地域を中心に墓地や神社など十数カ所を回り,転倒した(あるいは転倒した形跡のある)墓石(竿石)や墓誌の大きさ(高さ・幅)の測定を行った.転倒方向に明瞭な傾向が認められた場合にはその方向も併せて記録した.台座の傾きなどで転倒方向が明らかに地震動以外の影響によると判断したものについては調査対象に含めなかった.また,地震動の卓越した方向の推定のため,加速度を見積もることはできないまでも墓石のずれや石灯籠,ブロック塀の倒壊が見られた地点ではその方向も記録することにした.

5.調査結果
5.1 墓石の転倒被害
第4図に主な調査地点を示す.まず,松本市島立と松本市丸の内の2観測点の周辺の被害状況と得られた加速度記録との関係について調べ,続いてその他の調査地点の被害状況について報告する.

5.1.1 松本市島立地区
 松本市島立観測点は島立地区の小学校の敷地内に設置されており(第5図),今回得られた観測記録の中では最大の加速度を記録している.隣の神社では玉垣や石柱,および石燈籠が北方向に倒壊しているのが確認された(写真1).また,その北東に位置する墓地でも北方向に転倒した墓誌が数基見られており,この地点では南向きの加速度が作用したものと推測される.観測記録(第6図)によると主要動はわずか2秒程度と短く,南方向へ200~300cm/s2の加速度が作用した後,北東―南西のtransverse方向には600cm/s2程度の大きさの加速度が記録されている.
 震動と物体の転倒の関係について,古川・他(2009)や山本・他(2003)よる石柱の転倒実験の結果等から,入力震動の振動数がおよそ1.5Hz以下の場合には(1)式の静的加速度の転倒条件が実用上十分利用できること,また,震動の周期がこれより短くなると転倒運動よりも早く逆向きの慣性力が働くため倒れ難くなることが報告されている.また,石山・他(1982)は墓石(竿石)のような細長い物体について,転倒し難くなる最小の震動周期(限界周期)を以下の式で近似的に導いている.
Tc=H^1/2/16 (2)
Tc:限界周期(sec)
H:高さ(cm)
 一般的な墓石や石柱の高さを80~90cmとすると限界周期は約0.6秒と計算される.
 従って,この地点における石柱や墓誌の転倒は,北東-南西方向に大きく作用した周期の短い加速度によるものではなく,S波初動の比較的周期(継続時間)の長い南方向の地震動で生じた北方向の慣性力によって転倒したと解釈するのが妥当である.重力加速度は980 cm/s2とした場合,倒れた石柱や墓誌の寸法から(1)式によって加速度を計算すると150~250 cm/s2と求められ,実際に記録された南向きの加速度の大きさとも適合する(第6図).

5.1.2 松本市大手地区
 松本市丸の内観測点は松本市役所の敷地内に設置されており(第7図),今回の地震の震度観測点として最も大きい震度を観測している.この周辺では商業ビルのガラスの破損や外壁の落下,歩道の破損などの被害が生じているが,石柱の転倒などの加速度を推定できるような被害は確認できなかった.しかし,近くの大手地区における神社では石灯籠頂部の宝珠や欄干の擬宝珠が北方向へ折れて落下したり(写真2),石灯籠の中台がわずかに北側へずれる(写真3)などの被害が生じており,南方向への加速度が作用した痕跡が確認された.観測記録(第8図)によると松本市島立観測点と同様に主要動はわずか2秒程度と短く,主に北北西―南南東方向の加速度が卓越している.特に40.5秒前後あるいは41.2秒前後には南東方向への大きなピークがみられ,この影響で北方向への落下や石灯籠のずれが生じたものと考えられる.

5.1.3 松本市笹部地区
 松本市島立地区よりも震源域に近い笹部地区の墓地では(第9図),比較的新しいものを含む墓石(竿石)の転倒が数基確認された(写真4).転倒方向は概ね北方向となっている.島立地区と同様に南方向の加速度が作用して転倒したとすると,作用した加速度は墓石の寸法から300~400cm/s2程度と求められる.

5.1.4 松本市出川・並柳地区
 松本市の出川地区や並柳地区は(第10図),屋根瓦の落下やブロック塀の倒壊等の被害が多く生じた地域である.南松本駅近くの神社でも玉垣や石柱,石灯籠の倒壊被害が見られ,概ね北東方向に転倒しているのが確認された(写真5).また並柳地区の墓地でも竿石・墓誌の転倒が多数確認され,中には擦痕を残して転倒した墓石もあった(写真6).この墓地では北東方向への転倒が卓越していたが,反対の南西方向へ倒れたものも少なくなく,北東―南西方向の震動が優勢であったことが示唆される.倒れた石柱や墓石の寸法から作用した加速度は300~400cm/s2程度と求められた.

5.1.5 松本市平田地区
 震源域に近い松本市平田地区も出川・並柳地区と同様,屋根瓦の落下や塀の倒壊の被害が大きい地域である.平田駅近くの墓地においても多くの墓石や墓誌の転倒が見られ,西方向に卓越しているのが確認された(第11図,写真7).ここでも転倒した墓石の寸法から加速度を求めると300~400cm/s2程度となった.

5.1.6 松本市中山地区
 松本盆地の東縁,中山の山腹に位置する松本市営中山霊園(第12図)でも墓石の被害が生じ,松本市によると約八千の墓所の内,350基余もの墓誌や石灯籠が倒壊した(竿石の転倒被害は生じていない).墓誌の転倒方向を調査したところ,主に北東方向に転倒しているのが確認された(写真8).墓誌は幅(厚み)が小さいため,転倒するならその方向は短辺方向に制限される.転倒を確認できた墓誌のほとんどは長辺方向が北西―南東方向に設置されていたものであり,それ以外の向きの墓誌の転倒被害は少なかった.よってこの地点でも北東―南西方向の揺れが優勢であったことが推測される.倒れた墓誌の寸法から求められた加速度は150~250cm/s2程度であった.

5.1.7 松本市寿台・寿小赤地区
 松本市南部の寿台・寿小赤地区も屋根瓦の落下やブロック塀などの被害が多く生じた地区である(第13図).近くの墓地では墓誌・石灯篭の転倒被害が生じており(写真9,写真10),座りの悪かった竿石の転倒も一部みられた.転倒方向は概ね西方向であった.写真9に見られるような石灯篭は底面が円形のため転倒方向に制限はなく,地震動の方向を比較的忠実に示しているものと考えられる.転倒した墓誌の寸法から求められた加速度は150~250cm/s2程度であった.

5.2 震度の推定
 以上のように松本市内各地の墓石の転倒被害から地震動の加速度を推定した結果,大きい所では300~400cm/s2程度になることが確認された.仮にこのような大きさの加速度が墓石を転倒させるのに十分な周期(例えば松本市島立観測点で見られたように約0.6秒の周期)で作用したと単純化した場合,その震度は加速度と周期の理論的な関係から震度6弱と見積もることができる(第14図).このように各地の震度を推定したところ,笹部,平田東,出川,並柳の各調査地点では震度6弱と見積もることができる(第15図).これらの調査地点で確認された墓石の転倒被害は,震度6弱に近い程近い震度5強(計測震度5.4)を観測した島立地区(松本市島立観測点)よりも大きなものであったこととも辻褄があう.精密地震観測室と松代地震センターによる住民アンケート(2012)でも一部地域で震度6弱に相当する揺れがあったとの結果がでているが,本調査で確認できた墓石の転倒被害を見てもその可能性は十分にあったと言えよう.

5.3 転倒方向の傾向
 各調査地点で確認された転倒方向の分布を第16図に示す.震央の北側では概ね北東方向が,震央の南側では概ね西方向がそれぞれ卓越している.松本市島立地区で見られた被害のように物体の転倒方向が地震動の卓越方向を現しているとは必ずしも限らないが,転倒方向は大局的に北東-南西方向にあり,この方向の地震動が卓越したものと考えられる.武村・他(1998)は大きな被害をもたらした内陸浅発地震を対象に物体の転倒方向と断層走向との関係をまとめており,震源近傍での地震動の卓越方向は横ずれ,縦ずれを問わず断層走向と直交する場合が多いことを示している.本調査の結果もこれと概ね調和的である.

6. まとめ
 今回の地震は震度観測網から漏れた空白域で発生したため,震央付近における震度は,発表された最大震度よりも大きいものであった可能性が指摘されていた.このため松本市内各地の墓石等の転倒被害や強震計の観測記録を調査したところ,地域によっては震度6弱相当の地震動があった可能性が高いことが判明した.また,各調査地点で見られた墓石等の転倒方向の傾向から,断層走向に直交するような方向(北東‐南西)の地震動が卓越したこともわかった.

謝辞
 精密地震観測室の皆様には有益な助言をいただきました.
 本調査では長野県および防災科学技術研究所,東京大学が運営する首都圏強震動総合ネットワークおよび東京大学地震研究所強震観測データベースの各データを利用させていただきました.また,長野地方気象台撮影の写真および電子国土ポータルの地図情報を利用させていただきました.ここに記して感謝いたします.最後に地震被害についてお話を聞かせていただいた松本市民に感謝申し上げます.

参考文献
 古川愛子・大塚久哲・三輪滋・小野達也,2009,地震時における墓石の転倒基準の提案,土木学会地震工学論文集,30.
 石山祐二・山口修由・福井雅彦,1982,地震動による物体の転倒に関する研究(その2-転倒に至る状況と転倒条件の提案),日本建築学会大会学術講演便概集.
 気象庁,1996,震度を知る―基礎知識とその応用―,46-55.
 三宅弘恵・坂上実・纐纈一起,2011,長野県松本市における2011年臨時観測網,日本地震学会講演予稿集2011年度秋季大会,P3-71.
 精密地震観測室・松代地震センター,2012,2011年6月30日「長野県中部の地震」における被害調査,気象庁精密地震観測報告,29,103-107.
 武村雅之・諸井孝文・八代和彦,1998,明治以後の内陸浅発地震の被害から見た強震動の特徴―震度Ⅶの発生条件―,地震2,50,485-505.
 山本哲朗・鈴木素之・竹田直樹,2003,振動台における地震時の墓石挙動,土木学会地震工学論文集,27.


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