日本近海の海面水温に見られる十年規模変動

 日本近海の海面水温には、長期的な昇温傾向とともに十年〜数十年の時間規模の周期変動が見られます。太平洋の海面水温に見られる十年〜数十年規模の変動大西洋の海面水温に見られる十年〜数十年規模の変動については様々な研究結果から全球規模の気候変動と関連していると考えられています。日本近海の海面水温の十年規模変動については、特に1950年代以前は観測データが少ないため十分に調べられていませんが、最近数十年の十年規模変動についての研究が行われています。このページでは、1950年代末以降の日本近海の海面水温の十年規模変動の要因について分かってきたことを示します。

日本近海で卓越する変動

 日本近海の海面水温の十年規模変動は、大気による加熱・冷却の直接的な影響を大きく受けていることがこれまでの研究で報告されています(Nakamura and Yamagata, 1999; Minobe et al. 2004; Park et al. 2012; 吉田ほか, 2020など)。このうち、吉田ほか(2020)は、1958年以降のデータを用いて日本近海の海面水温の十年規模変動の主要な変動を経験的直交関数(EOF)解析によって抽出し、これらの変動と大気の流れの変動の関係を調べました。図1は、EOF解析から得られた上位3つの主要な変動の空間パターンと時間変化です。最も卓越する変動は九州西方の東シナ海から日本海南西部にかけての海域で見られ(図1左上)、この変動の時間変化(図1左下)は、冬季の日本周辺の季節風(東アジアモンスーン)の強さと大きく関係しています。昇温トレンドを除いた日本近海の全海域平均海面水温の十年規模変動(図2左)にも同じ変化が見られ、季節風が強いほど、これらの海域を中心に日本近海の海面水温は低くなります。2番目に卓越する変動は、北緯40度以北で大きく(図1中上)、2000年代以降、顕著に昇温しています(図1中下)。釧路沖や三陸沖では2000年代以降、夏季の昇温が大きくなっています(図2右)。この北海道周辺海域の夏季における海面水温の十年規模変動は、熱帯の対流活動の影響を受けている可能性があります。3番目に卓越する変動は、日本東方海域で大きく(図1右上)、時間変化は太平洋十年規模振動(PDO)と関係しています。PDOのメカニズムはまだ十分に解明されていませんが、この海域の冬季の海面水温変動は、季節風の強さだけではなく、PDOを引き起こしているメカニズムとも関係すると考えられます。

第1モード 第2モード 第3モード
日本近海の海面水温の十年規模の最も卓越する変動の分布 日本近海の海面水温の十年規模の2番目に卓越する変動の分布 日本近海の海面水温の十年規模の3番目に卓越する変動の分布
日本近海の海面水温の十年規模の卓越する変動の時間変動 日本近海の海面水温の十年規模の2番目に卓越する変動の時間変動 日本近海の海面水温の十年規模の3番目に卓越する変動の時間変動

図1:日本近海の海面水温の十年規模の主要な変動の分布(上段)と時間変動(下段)

日本近海の海面水温の十年規模変動から経験的直交関数(EOF)解析によって得られる最も卓越する変動(第1モード:左)、2番目に卓越する変動(第2モード:中)、3番目に卓越する変動(第3モード:右)の空間パターン(上段)と時係数(下段)。各モードの寄与率は45.8%、20.5%、14.4%。統計期間は1958〜2016年。

日本近海全海域平均海面水温の十年規模変動(通年) 釧路沖の海域平均海面水温の十年規模変動(夏)

図2:通年の日本近海全海域平均(左)と夏季の釧路沖(右)の海面水温の十年規模変動

海面水温偏差の日本近海全海域平均(長期変化傾向を解析している13海域の平均)の年平均値(左)及び釧路沖の夏季平均値(右)から昇温トレンドを除去した後の5年移動平均値(単位:℃)。

海洋内部の変動との関係

 海面水温の十年規模変動については、海洋内部の変動も重要な役割を果たしていることが分かっています。Park et al.(2012)は、日本近海における冬季の海面水温の変動について、1980年代までは季節風の影響が大きかったのに対し、1990年代以降は季節風が弱くなったため、北太平洋中央部における風応力の変動によって生じた海洋の循環の変動の寄与が大きくなっていると指摘しています。
 特に、1990年代以降の黒潮続流の南側では、主水温躍層の深さが冬季の海面付近の水温に関係することが報告されています(Sugimoto and Kako, 2016)。主水温躍層とは、深さ数百メートルにある水温が鉛直方向に大きく変化している層のことです。黒潮続流の南側では主水温躍層は深さ300~700メートルに見られ(図3)、その深さは、北太平洋亜熱帯域の海洋の循環である亜熱帯循環の強さによって変動し、黒潮続流の変動とも関係します。黒潮続流の南側では、主水温躍層が深い時ほど鉛直方向の水温勾配が小さくなり、海面での冷却が強くなる冬季に海面付近と海洋内部の水が混合しやすくなって、海面水温が低くなると考えられています(図4)。

水温の鉛直プロファイルの例と主躍層 北緯31度、東経144度の位置

図3:水温の鉛直プロファイルの例と主躍層

気象庁の海洋気象観測船で観測した北緯31度、東経144度における冬季の水温プロファイルと主躍層。

関東の南の海面水温と主躍層の深さの関係

図4:関東の南の海面水温と主躍層の深さの関係

関東の南の冬季の海面水温偏差と主躍層の深さの時間変化(5年移動平均値)。主躍層の深さの計算には、Ishii and Kimoto (2009)に基づいた表層水温解析値を用い、水温12℃を主躍層の深さの指標とした(Uehara et al., 2003)。

参考文献

  • Ishii, M., and M. Kimoto, 2009: Reevaluation of historical ocean heat content variations with time-varying XBT and MBT depth bias corrections. J. Oceanogr., 65, 287-299, doi:10.1007/s10872-009-0027-7.
  • Minobe, S., A. Sako, M. Nakamura, 2004: Interannual to interdecadal variability in the Japan Sea based on a new gridded upper water temperature dataset. J. Phys. Oceanogr., 34, 2382–2397, doi:10.1175/JPO2627.1.
  • Nakamura, H., T. Yamagata, 1999: Recent decadal SST variability in the Northwestern Pacific and associated atmospheric anomalies. Beyond El Niño: Decadal and Interdecadal Climate Variability, A. Navarra, Ed., Springer, 49–72.
  • Park, Y.-H., J.-H. Yoon, Y.-H. Youn, F. Vivier, 2012: Recent warming in the western North Pacific in relation to rapid changes in the atmospheric circulation of the Siberian high and Aleutian low systems. J. Climate, 25, 3476-3493, doi:10.1175/2011JCLI4142.1.
  • Sugimoto, S., S.-I. Kako, 2016: Decadal variations in wintertime mixed layer depth south of the Kuroshio Extension and its influence on winter mixed layer temperature. J. Climate, 29, 1237-1252, doi:10.1175/JCLI-D-15-0206.1.
  • Uehara, H., T. Suga, K. Hanawa, and N. Shikama, 2003: A role of eddies in formation and transport of North Pacific subtropical mode water. Geophys. Res. Lett., 30, 1705, doi:10.1029/ 2003GL017542.
  • 吉田久美, 北村佳照, 中野俊也, 2020: 日本近海における海面水温の十年規模変動. 海の研究, 29(2), 19-36, doi:10.5928/kaiyou.29.2_19.

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