海洋中の二酸化炭素蓄積量(eMLR法)

見積もり方法

海洋中への二酸化炭素の蓄積の評価には、等密度面解析の他、拡張線形多重回帰解析(eMLR)法という解析手法(Sabine et al., 2008)があります。海水中に含まれる二酸化炭素量は全炭酸濃度という項目で観測されています。eMLR法は、水温などの観測数が多い他のデータから観測数の少ない全炭酸濃度を推定することで、全炭酸データの空間的な解像度を高めるとともに海況変動の影響を取り除く手法です(詳細については、下の参考をご覧ください)。1990年代と2010年代に行われた東経137度および東経165度での高精度・高密度観測の結果から、eMLR法を用いることで、この期間で東経137度および東経165度に蓄積した二酸化炭素蓄積量を見積もることが可能です。

使用データ

海洋中の二酸化炭素蓄積量の見積もりに使用したデータを示します。

データ項目

全炭酸・ポテンシャル水温・塩分・ポテンシャル密度・ケイ酸塩・リン酸塩・溶存酸素

観測定線・範囲・観測時期

海洋中の二酸化炭素蓄積量の見積もりに使用した観測定線・範囲・観測時期は表のとおりです。

【表】使用データの観測定線・範囲・観測時期
観測定線 範囲 観測時期
東経137度 北緯10~30度 1994年7月~8月 2010年7月
東経165度 北緯10~32度 1992年8月~10月(*1) 2011年7月

*1) John V. Vickers(NOAA)により実施、データはCCHDO(http://cchdo.ucsd.edu/)から取得(ライン名:P13,1992)。
注記の無いものは気象庁の観測船により実施。

観測データの補正について

各航海で使用した標準物質、装置の状態等の違いによって、航海間の観測値に差が生じることが知られています。「海洋中の二酸化炭素蓄積量」の診断では1992年および1994年のデータを補正することで、標準物質や装置の状態等の違いによる差を補正しています。

北西太平洋亜熱帯域の東経137度と東経165度における二酸化炭素蓄積量

北西太平洋亜熱帯域における東経137度および東経165度の1990年代と2010年代の海洋中の二酸化炭素蓄積量の差の鉛直断面分布図を見ると、海面に近いほど差が大きく、海面から深さ数百メートル程度までの海洋表層に含まれる二酸化炭素量に増加が見られます。表面海水中に溶けた二酸化炭素は、冬季の海面冷却による鉛直混合などによって海洋中に取り込まれるためです。

産業革命(1750年ごろ)以降2010年までに海洋全体で約1550億トン炭素の二酸化炭素が蓄積されたと見積もられ(Khatiwala et al., 2013)、北西太平洋においては、産業革命以降1990年代までに単位面積あたり約300トン炭素/km2(面積1平方キロメートルの海域あたりに蓄積した炭素の重量に換算)が蓄積していると考えられます(Sabine et al., 2002)。気象庁の観測定線における2つの高精度・高密度観測の結果から見積もられたeMLR法による海水中の二酸化炭素蓄積量は、東経137度(北緯10度から30度)の1994年から2010年までの16年間で約100トン炭素/km2、東経165度(北緯10度から32度)で1992年から2011年までの19年間で約130トン炭素/km2でした。これはこの期間で、産業革命以降1990年代までの約250年間に北西太平洋で蓄積した量の1/3以上に相当する量の二酸化炭素が、さらに海洋中へ蓄積したことを示します。

海洋中の二酸化炭素蓄積量の断面図
海洋中の二酸化炭素蓄積量の断面図

海洋中の二酸化炭素蓄積量の差(東経137度(上)および東経165度(下))

東経137度は1994年から2010年までの16年間、東経165度は1992年から2011年までの19年間に蓄積した二酸化炭素量(µmol/kg)。
横軸は緯度(北緯)、縦軸は水深(m)です。
単位の「µmol/kg」は海水1kg中に含まれる二酸化炭素の物質量です。
1µmolの二酸化炭素量を炭素の重量に換算すると約12µgに相当します。
µ(マイクロ)は百万分の1です。

(参考)eMLR法による二酸化炭素蓄積量の見積もり方法の詳細な解説

海水中に含まれる二酸化炭素量は全炭酸という項目で観測しています。全炭酸のデータ数は水温などと比べると少なく、十分な解像度が得られません。また、2つの航海の全炭酸データをそのまま比較すると、海流などの海況の変動の影響などにより、二酸化炭素蓄積量の変化量を適切に評価することができません。このため、拡張線形多重回帰解析(eMLR)法と呼ばれる手法(Friis et al., 2005)で、水温などの観測数が多い他のデータから全炭酸濃度を推定することで全炭酸データの空間的な解像度を高めるとともに海況の変動の影響を取り除いています。2010年と1994年を比較する場合を例にすると、まず、1994年と2010年のそれぞれの観測データを基に、ポテンシャル水温(θ)、塩分(S)、ポテンシャル密度(σθ)、ケイ酸塩(Si)、リン酸塩(P)から全炭酸(DIC)を推定する各年の回帰式を作成します。次に、海況の状況は水温や塩分、リン酸塩等に現れることから、この値をどちらか一方の年の観測値に揃えてそれぞれの年の全炭酸濃度を計算して比較を行います。以下に具体的な計算式を示します。例では2010年の観測値で揃えて、2010年の全炭酸濃度(DIC2010)と2010年の海況の場合の1994年の全炭酸濃度(DIC1994(2010))を比較して1994年に対する2010年の変化分(ΔDIC2010-1994)を計算しています。

ΔDIC2010-1994 = DIC2010 - DIC1994(2010) = (e12010 - e11994) × S2010 + (e22010 - e21994) × θ2010 + (e32010 - e31994) × σθ2010 + (e42010 - e41994) × Si2010 + (e52010 - e51994) × P2010 + (d2010 - d1994)

e1~e5は、各変数に対する回帰係数、dは回帰式の残差です。上つきの数字は回帰係数や観測値などの西暦を示します。

eMLR法で計算された全炭酸濃度の変化量には、生物による有機物の分解等で作り出された全炭酸が含まれています。人間活動により排出した二酸化炭素の影響で変化した二酸化炭素蓄積量(人為起源二酸化炭素蓄積量)を正確に見積もるためには、このような自然変動による生物由来の変化分を差し引く必要があります。生物の呼吸により消費される酸素と排出される炭素量には一定の比(レッドフィールド比)が見られることが知られています。酸素の観測値から、生物活動により消費された酸素量(AOU:見かけの酸素消費量)の変化量を計算し、レッドフィールド比(ここでは Anderson and Sarmiento (1994) を使用。ΔDIC/ΔAOU=117/170)を掛けて、生物由来の変化分を上記の全炭酸濃度の変化から差し引いています。なお、AOUの変化量もeMLR法により海況の変動を取り除いています。

ΔDIC生物由来2010-1994 = 117/170 × ΔAOU2010-1994
ΔDIC人為起源2010-1994 = ΔDIC2010-1994 - ΔDIC生物由来2010-1994

参考文献

  • Anderson, L. A. and J. L. Sarmiento, 1994: Redfield ratios of remineralization determined by nutrient data analysis, Global Biogeochemical Cycles, 8:65-80.
  • Friis, K., A. Körtzinger, J. Pätsch, and D. W. R. Wallace (2005), On the temporal increase of anthropogenic CO2 in the subpolar North Atlantic, Deep‐Sea Res, Part I, 52(5), 681–698, doi:10.1016/j.dsr.2004.11.017.
  • Sabine, C. L., R. A. Feely, R. M. Key, J. L. Bullister, F. J. Millero, K. Lee, T.-H. Peng, B. Tilbrook, T. Ono, and C. S. Wong, 2002: Distribution of anthropogenic CO2 in the Pacific Ocean, Global Biogeochem. Cycles, 16(4), 1083, doi:10.1029/2001GB001639.
  • Sabine, C. L., R. A. Feely, F. J. Millero, A. G. Dickson, C. Langdon, S. Mecking, and D. Greeley, 2008: Decadal changes in Pacific Carbon. J. Geophys. Res., 113, C07021, doi:10.1029/2007JC004577.

このページのトップへ