海洋酸性化の影響

海洋酸性化が進むと、海水中の炭酸系の化学的な性質が変化し、そのために海洋の二酸化炭素を吸収する能力が低下すると指摘されています(IPCC, 2013)。海洋が大気から二酸化炭素を吸収する能力が低下すると、大気中に残る二酸化炭素の割合が増えるため地球温暖化が加速することが懸念されています(Raven et al., 2005)。また、海洋が酸性化すると、植物プランクトン、動物プランクトン、サンゴ、貝類や甲殻類など、さまざまな海洋生物の成長や繁殖に影響が及び、海洋の生態系に大きな変化が起きる怖れがあります(IPCC, 2013)。

海洋酸性化による生態系への影響

海洋酸性化は、多くの海洋の生態系に深刻な影響を及ぼす怖れがあります。植物プランクトンの円石藻、原生動物の有孔虫、貝類、ウニなどの棘皮(きょくひ)動物、熱帯や亜熱帯に分布するサンゴなど、さまざまな海の生物は、海水中に多く含まれるカルシウムイオン(Ca2+)と炭酸イオン(CO32-)から、水に溶けにくい炭酸カルシウム(CaCO3)の骨格や殻を作っています。現在の海面付近の環境下では、水素イオンの濃度が充分に低いため、炭酸カルシウムの飽和度が高く、これらの生物は、その骨格などを作ることができます。しかし、海洋酸性化が進んで海水中の水素イオンが増えると、酸・塩基平衡により式(1)の反応が右に進んで炭酸イオンの濃度が下がり、式(2)の右向きの反応で示されるような炭酸カルシウムの殻の形成が困難な環境となります(Orr et al, 2005)。炭酸カルシウムには、アラゴナイト(アラレ石)やカルサイト(方解石)といった結晶形があり、同じ炭酸カルシウムでもアラゴナイトの方がpHの低下によって溶解しやすいといった化学的性質を持ちます。このため、アラゴナイトの殻や骨格を持つ生物の方が、海洋酸性化による影響をより受けやすいと考えられます。

  •  H+    +  CO32-  ↔  HCO3-     (1)
  • Ca2+  +  CO32-  ↔  CaCO3     (2)

いくつかの海域(太平洋のハワイ島や大西洋のバミューダ諸島の近海など)では、海洋酸性化に伴うアラゴナイトの飽和度の低下が実際に報告されています(Bates and Peters, 2007;Doney et al., 2009;Ishii et al., 2011)。IPCC(2013)によれば、北極海や沿岸湧昇域の一部(アメリカ大陸西海岸など)では10年以内に、南大洋の一部では10~30年以内に、季節的にアラゴナイト飽和度が100%を下回ると予測されています。海洋酸性化の進行によって食物連鎖の下位に属する植物プランクトンや小さな動物プランクトンが生息、繁殖しにくい環境になると、上位に属する生物にも影響が及ぶ可能性があります。この結果、有用な水産資源の量に左右される水産業や、サンゴ礁等の海洋観光資源に依存する観光業などへの影響も懸念されます。

参考文献

  • Bates, N. R. and A. J. Peters (2007), The contribution of atmospheric acid deposition to ocean acidification in the subtropical North Atlantic Ocean, Marine Chem., 107(4), 547-558.
  • Doney, S.C., V. J. Fabry, R. A. Feely, and J. A. Kleypas (2009), Ocean acidification: The other CO2 problem, Annu. Rev. Mar. Sci., 1, 169-192.
  • IPCC (2013), Climate Change 2013: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Stocker, T.F., D. Qin, G.-K. Plattner, M. Tignor, S.K. Allen, J. Boschung, A. Nauels, Y. Xia, V. Bex and P.M. Midgley (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 1535 pp.
  • Ishii, M., N. Kosugi, D. Sasano, S. Saito, T. Midorikawa, and H. Y. Inoue (2011), Ocean acidification off the south coast of Japan: A result from time series observations of CO2 parameters from 1994 to 2008, 2011: J. Geophys. Res., 116, C06022.
  • Orr, J. C., V. J. Fabry, O. Aumont, L. Bopp, S.C. Doney, R. A. Feely, A. Gnanadesikan, N. Gruber, A. Ishida, F. Joos, R. M. Key, K. Lindsay, E. Maier-Reimer, R. Matear, P. Monfray, A. Mouchet, R. G. Najjar, G. K. Plattner, K. B. Rodgers, C. L. Sabine, J. L. Sarmiento, R. Schlitzer, R. D. Slater, I. J. Totterdell, M. F. Weirig, Y. Yamanaka and A. Yool (2005), Anthropogenic ocean acidification over the twenty-first century and its impact on calcifying organisms, Nature, 437, 681-686.
  • Raven, J., K. Caldeira, H. Elderfield, O. Hoegh-Guldberg, P. Liss, U. Riebesell, J. Shepherd, C. Turley and A. Watson (2005), Ocean acidification due to increasing atmospheric carbon dioxide, Policy document 12/05, The Royal Society, London, UK, 60pp.

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