海面水温に見られる十年~数十年規模の変動が大気の流れや天候に与える影響

太平洋十年規模振動の算出方法に誤りがあったため、PDO指数およびNPGO指数の時系列図、およびそれらに対する海面水温や海面気圧の回帰係数の分布図を修正しました。詳細はこちらを参照ください。(令和6年1月22日)

十年~数十年の時間規模では、気候変動において海洋の果たす役割が重要です。気象庁のデータを使った最近の調査で、太平洋十年規模振動(PDO)や太平洋熱帯域の海面水温の十年~数十年規模の変動が、大規模な大気の流れや日本の天候と関連している可能性が示されています(Urabe and Maeda, 2014)。

このページでは、太平洋十年規模振動(PDO)が大気の流れや天候に与える影響について示します。


PDO指数に対する上空200hPaの等圧面高度[1](気象庁長期再解析(JRA-3Q, 気象庁, 2021 及び気象庁, 2022)による)の回帰係数は、熱帯域で全体的に正の係数が分布していて(図1上段)、年々~数年規模の主要な変動であるエルニーニョ現象の指標(NINO.3指数[2])との回帰係数の分布とよく似ています(図1下段)。つまり、PDOが正の期間に見られる平均的な大気の流れは、変動の時間規模が異なるものの、エルニーニョ現象が発生したときの大気の流れと似た分布をしているといえます。また、PDO指数が正(負)の期間には、米国周辺の大気に対するエルニーニョ現象の影響は強(弱)く、ラニーニャ現象の影響が弱(強)くなることが示されており(Gershunov and Barnett, 1998)、エルニーニョ/ラニーニャ現象の天候への影響が、十年~数十年の時間規模で変動するPDOの状況によって変わることも考えられます。

夏季、日本付近では大陸から帯状に負の回帰係数が分布し、等圧面高度が低い傾向があります。等圧面高度が低い領域は大気が低気圧性の循環をし、北半球では反時計回りの風(南側で西風、北側で東風)が強まります。図2は西風を正、東風を負とした200hPaにおける東西風について、PDO指数に対する回帰係数と平年値を示したものです。図2下段で表される平年値からは大陸から日本の上空にかけて強い西風(ジェット気流と呼ばれています)が吹いていることが分かります。図2上段で表される回帰係数の分布は、等圧面高度の回帰係数分布(図1)から想定されたとおり、PDO指数が正の期間はこの領域の南側で西風が強く、北側で弱くなり、ジェット気流は普段よりも南寄りを流れやすくなることを示しています。冬季は全球規模で見ればNINO.3指数への回帰と似ているものの、日本付近ではPDO指数との回帰には明瞭な傾向が見られず、中国南部付近に東西に広がる有意な負の回帰が分布しているNINO.3指数への回帰とは異なっています。


次に、PDO指数と気温[3]との回帰を示します(図3)。PDO指数が正となる期間には冬季に北米北西部で高温、米国南東部からメキシコで低温となっています。これらは、他のデータを用いた研究でも同様の結果が得られています(Mantua and Hare, 2002)。

日本付近では、PDO指数が正となる期間には、夏は全国的に低温傾向が見られます。これは、図1、2で見られたジェット気流が南寄りを流れる傾向と関連しています。ジェット気流の北側には冷たい空気、南側には暖かい空気があり、ジェット気流が南寄りを流れると日本付近には北側の冷たい空気が分布しやすいためです。冬は日本付近では明瞭な傾向が見られません。


Urabe and Maeda (2014)は、1990年代後半から2010年代前半の期間における日本の天候の特徴として、気温が夏から秋にかけて高く、冬から春にかけて低くなることを示し、これには太平洋の熱帯域でラニーニャ現象に近い状態が継続していることや、PDO指数が概ね負となっていることが関連していると指摘しています。大規模な循環場や夏季の日本付近の気温が、このページで示した回帰係数の分布と整合しており、日本の天候の監視・予測を行っていく上で、海面水温の十年~数十年規模の変動が日本の天候に与える影響は重要な要素だと考えられます。


[1]200hPaは高度としては11∼13km程度に相当し、熱帯域では大規模な東西方向の流れであるWalker循環、日本を含む中緯度ではジェット気流など、対流圏上層における大気の循環を確認するためによく用いられる気圧です。大気の循環場を理解する際には、地表面からの高度が等しくなる面ではなく気圧が等しくなる面の方が特徴をよく捉えることができるため、多く用いられます。

[2]気象庁では、太平洋赤道域の東部[5N-5S, 150W- 90W]の領域をエルニーニョ監視海域として定め、この海域における月平均海面水温の直近30年間の平均値からの偏差で定義するNINO.3指数をエルニーニョ/ラニーニャ現象の指標として用いています。NINO.3指数の5ヶ月移動平均が6ヶ月以上連続して0.5℃以上になった場合がエルニーニョ現象、反対に6ヶ月以上連続して-0.5℃以下となった場合がラニーニャ現象となります。

[3]地表付近の細かい地形などの影響を避け、大規模な循環場との関連を見るために850hPa等圧面上の気温を用います。高度としては1.2∼1.5kmに相当し、地上気温ともよく対応します。


PDO指数に対する200hPa高度の回帰係数(冬) PDO指数に対する200hPa高度の回帰係数(夏)
NINO.3指数に対する200hPa高度の回帰係数(冬) NINO.3指数に対する200hPa高度の回帰係数(夏)

図1:(上段)PDO指数に対する上空200hPaにおける等圧面高度の回帰係数。(下段)同じくNINO.3指数に対する回帰係数。左が冬季(前年12月~2月)平均、右が夏季(6月~8月)平均。統計期間は、冬季は1947/1948〜2020/2021年、夏季は1948~2021年。陰影は95%の信頼度水準で統計的に有意な領域。



PDO指数に対する200hPa東西風の回帰係数と平年値(冬) PDO指数に対する200hPa東西風の回帰係数と平年値(夏)
NINO.3指数に対する200hPa東西風の回帰係数と平年値(冬) NINO.3指数に対する200hPa東西風の回帰係数と平年値(夏)
200hPa東西風平年値(冬) 200hPa東西風平年値(夏)

図2:(上段)PDO指数に対する上空200hPaにおける東西風の回帰係数。(中段)同じくNINO.3指数に対する回帰係数。(下段)平年の上空200hPaにおける東西風。上段、中段の統計期間等は図1と同様。平年値期間は1991年〜2020年。



PDO指数に対する850hPaにおける気温の回帰係数(冬) PDO指数に対する850hPaにおける気温の回帰係数(夏)
NINO.3指数に対する850hPaにおける気温の回帰係数(冬) NINO.3指数に対する850hPaにおける気温の回帰係数(夏)

図3:(上段)PDO指数に対する850hPaにおける気温の回帰係数。(下段)同じくNINO.3指数に対する回帰係数。統計期間等は図1と同様。

お知らせ

太平洋十年規模振動の算出方法に誤りがあったため、PDO指数およびNPGO指数の時系列図、およびそれらに対する海面水温や海面気圧の回帰係数の分布図を修正しました。詳細はこちらを参照ください。(令和6年1月22日)

参考文献

  • Gershunov, A. and T. P. Barnett (1998) : Interdecadal Modulation of ENSO Teleconnections; Bull. Amer. Meteor. Soc., Vol.79, pp.2715-2725.
  • Mantua, N. J., S. R. Hare, Y. Zhang, J. M. Wallace, and R. C. Francis (1997) : A Pacific Interdecadal Climate Oscillation with Impacts on Salmon Production; Bull. Amer. Meteor. Soc., Vol.78, pp.1069-1079.
  • Urabe, Y. and S. Maeda (2014) : The relationship between recent Japan climate and decadal variability; SOLA, 2014-037.
  • 気象庁, 2021: 気象庁第3次長期再解析(JRA-3Q)の本計算進捗. 数値予報開発センター年報(令和2年), 気象庁数値予報開発センター, 115-124.
  • 気象庁, 2022: 気象庁第3次長期再解析(JRA-3Q)の本計算進捗. 数値予報開発センター年報(令和3年), 気象庁数値予報開発センター, 133-138.

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