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【コラム】 海洋酸性化

第1章 地球温暖化に関わる海洋の長期変化
平成25年12月20日

人類の社会・経済活動によって排出される二酸化炭素は、地球温暖化を引き起こす主要な温室効果ガスであるが、大気中の二酸化炭素が増えると、海洋中に吸収される二酸化炭素も増え、「海洋酸性化」が起こる。海洋酸性化が進むと、海水中の炭酸系の化学的な性質が変化し、海洋が二酸化炭素を吸収する能力が低下すると指摘されている(気候変動に関する政府間パネル第4次評価報告書(IPCC AR4), 2007)。この結果として、大気中に残る二酸化炭素の割合が増え、温暖化が加速することが懸念されている(Raven et al., 2005)。また、海洋が酸性化すると、植物プランクトン、動物プランクトン、サンゴ、貝類や甲殻類など、様々な海洋生物の成長や繁殖に影響が及び、海洋の生態系に大きな変化が起こる恐れがある。
二酸化炭素は、海面を通じて大気と海洋の間で活発に出入りしている(総合診断表「1.4.2 大気-海洋間の二酸化炭素交換量」参照)。海水中に溶け込んだ二酸化炭素が海水を酸性化させる仕組みを図1に示す。海水に溶けた二酸化炭素(CO2)は炭酸(H2CO3)となる(式(1))。炭酸は、海洋中では水素イオン(H)が解離した炭酸水素イオン(HCO3)や炭酸イオン(CO32-)との間で式(2)や式(3)で表される反応により化学平衡の状態を保っている。
 

数式


大気中の二酸化炭素が増えると、海水に溶け込む二酸化炭素も増え、式(1)と式(2)の反応が右に進んで、水素イオン(H)が増える。増加した水素イオンは式(3)の反応が左に進むことにより一部が消費されるが、結果として水素イオンは増加し、炭酸イオンは減少する。海洋酸性化の指標として用いられるpHは、水素イオン濃度の指標であり、水素イオンが増えるとpHは下がる。表面海水は一般的に弱アルカリ性(pH=約8.1)を示すが、二酸化炭素が多く溶け込むとpHが下がり、海水のアルカリ性が弱まる。海洋でのこのようなpHの低下を「海洋酸性化」と呼んでいる。

図1 海洋中の二酸化炭素

図1 海洋中の二酸化炭素

海水中に溶け込んだ二酸化炭素(CO2)の大部分は、化学反応によって炭酸水素イオン(HCO3)や炭酸イオン(CO32-)になる。これらの反応に伴って水素イオン(H)が解離し、海水を酸性化させる。水素イオンが増えるとpHが下がり、酸・塩基平衡により炭酸イオン(CO32-)の濃度が下がるため、多くの海洋生物の殻や骨格を形成する炭酸カルシウム(CaCO3)の結晶の形成が困難となる。


海洋酸性化の可能性は、1970年代はじめにBroecker et al. (1971)によって指摘された。しかし、当時はまだ海水のpHを正確に測る方法が確立されていなかったため、海水の酸性化の実態を明らかにするには至らなかった。その後、1980年代から測定方法の改良が進んで正確な観測データが得られるようになり、更に1990年代末から2000年代はじめにかけて、海洋酸性化が海洋生物に影響を及ぼすことが指摘されはじめたことで、研究者の間で海洋酸性化への問題意識が急速に高まった。海洋酸性化が実際に進んでいることは、現在までに、いくつかの長期的な時系列観測のデータから明らかになってきている(表1)。太平洋のハワイ近海では、Dore et al. (2009)が、表面海水中の二酸化炭素濃度が長期的に上昇しており、それに伴うpHの低下が1988年以降、1年あたり-0.0019 ± 0.0002だったと報告している。西部北太平洋においても、Midorikawa et al. (2010)が、気象庁の東経137度線の観測定線において、1983年から2007年のpHの平均低下速度が、冬季に1年あたり-0.0018 ± 0.0002、夏季に1年あたり-0.0013 ± 0.0005だったと報告している。大西洋(Bates, 2012)や南大洋(Midorikawa et al.,2012)などでも、海洋酸性化の傾向が報告されており、海洋酸性化は世界的に進んでいると考えられる。また、数値モデルによる現在気候の再現実験や将来予測の研究も行われている。IPCC AR4 (2007)では、「1750年から現代までにpHは全海洋平均で0.1低下しており、今世紀末までに、更に0.14から0.35低下する」と予測している(図2)。

表1 海洋酸性化の指標となる水素イオン濃度(pH)の長期的な変化傾向

表1 海洋酸性化の指標となる水素イオン濃度(pH)の長期的な変化傾向


図2 IPCCよる将来予測

図2 IPCCよる将来予測

a) 大気中二酸化炭素濃度、b)表面海水のpH、c)南大洋における海面の炭酸イオン飽和状態 それぞれの線は、IPCCでの温室効果ガスの各排出シナリオに基づく予測を表す。c)中の赤破線は、炭酸カルシウムの結晶形の一つであるアラゴナイト(アラレ石)の飽和度100%の境界を表す。この境界以下では生物はアラゴナイトの骨格や殻を維持できなくなると指摘されている。IPCC AR4(2007)より作成。


海洋酸性化は、多くの海洋の生態系に深刻な影響を及ぼす恐れがある。植物プランクトンの円石藻、原生動物の有孔虫、貝類、ウニなどの棘皮動物、熱帯や亜熱帯に分布するサンゴなど、様々な海の生物は、海水中に多く含まれるカルシウムイオン(Ca2+)と炭酸イオン(CO32-)から、水に溶けにくい炭酸カルシウム(CaCO3)の骨格や殻を作っている(4)。

数式


現在の海面付近の環境下では、水素イオンの濃度が充分に低いため、炭酸カルシウムの飽和度が高く、これらの生物たちは、その骨格などを作ることができる。しかし、海洋酸性化が進んで海水中の水素イオンが増えると、酸・塩基平衡により(3)の反応が左に進んで炭酸イオンが減り、(4)の右方向の反応で示されるような炭酸カルシウムの殻の形成が困難な環境となる(Orr et al., 2005)。いくつかの海域(太平洋のハワイ島や大西洋のバミューダ諸島の近海など)では、炭酸カルシウムの結晶形の一つのアラゴナイト(アラレ石)の飽和度の低下が、実際に観測されており(Bates et al., 2007;Doney et al., 2009;Ishii et al., 2011)、アラゴナイトの骨格や殻が形成しにくくなっていることが懸念されている。また、IPCC AR4 (2007)によれば、早ければ2060年に、南大洋の表面海水のアラゴナイト飽和度が100%を下回ると予測されている(図2)。海洋酸性化の進行によって食物連鎖の下位に属する植物プランクトンや小さな動物プランクトンが生息しにくい環境になると、生態系の上位に属する生物にも影響が及ぶ可能性がある。その結果、有用な水産資源量に左右される水産業や、サンゴ礁などの観光資源に依存する観光業への影響も懸念される。
将来、大気へ排出される二酸化炭素の量に応じて海洋酸性化が進んでゆくと指摘されている(Gruber, 2011)。しかし、海洋酸性化の進行について、まだ実態はよくわかっていない。2012年6月にブラジル・リオデジャネイロで開催された国連の持続可能な開発会議(Rio+20, http://epoca-project.eu/index.php/what-do-we-do/outreach/rug/oa-aoe.html)では、海洋酸性化が深刻化することへの懸念が表明され、各国の調査・研究機関による海洋酸性化の国際的な観測ネットワークの整備が進められることとなった。今後、海洋酸性化による影響の懸念に対応するため、海洋の監視を継続し、科学的な知見を集積していく必要がある。

参考文献

  • Bates, N. R., M. H. P. Best, K. Neely, R. Garley, A. G. Dickson, and R. J. Johnson, 2012: Detecting anthropogenic carbon dioxide uptake and ocean acidification in the North Atlantic Ocean, Biogeosciences, 9, 2509-2522, doi:10.5194/bg-9-2509-2012.
  • Broecker, W. S., Y. H. Li, and T. -H. Peng, 1971: Carbon dioxide-man’s unseen artifact. In: D.W. Hood (ed.), Impingement of man on the oceans, pp.287-324, Wiley, New York.
  • Doney, S.C., V. J. Fabry, R. A. Feely, and J. A. Kleypas, 2009: Ocean acidification: The other CO2 problem, Annu. Rev. Mar. Sci., 1, 169-192, doi:10.1146/annurev.marine.010908.163834.
  • Dore, J. E., R. Lukas, D. W. Sadler, M. J. Church, and D. M. Karl, 2009: Physical and biogeochemical modulation of ocean acidification in the central North Pacific, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 106, 12,235-12,240, doi:10.1073/pnas.0906044106.
  • Gruber, N., 2011: Warming up, turning sour, losing breath: Ocean biogeochemistry under the global change, Philos. Trans. R. Soc. A, 369(1943), 1980-1996, doi:10.1098/rsta.2011.0003.
  • IPCC, 2007: Climate Change 2007: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fourth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Solomon, S., D. Qin, M. Manning, Z. Chen, M. Marquis, K.B. Averyt, M. Tignor and H.L. Miller (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 996pp.
  • Ishii, M, N. Kosugi, D. Sasano, S. Saito, T. Midorikawa, and H. Y. Inoue, 2011: Ocean acidification off the south coast of Japan: A result from time series observations of CO2 parameters from 1994 to 2008, 2011: J. Geophys. Res., 116, C06022, doi:10.1029/2010JC006831
  • Midorikawa, T., M. Ishii, S. Saito, D. Sasano, N. Kosugi, T. Motoi, H. Kamiya, A. Nakadate, K. Nemoto, and H. Y. Inoue, 2010: Decreasing pH trend estimated from 25-yr time series of carbonate parameters in the western North Pacific, Tellus Ser. B, 62, 649-659.
  • Midorikawa, T., H. Y. Inoue, M. Ishii, D. Sasano, N. Kosugi, G. Hashida, S. Nakaoka, and T. Suzuki, 2012: Decreasing pH trend estimated from 35-year time series of carbonate parameters in the Pacific sector of the Southern Ocean in summer, Deep Sea Res. I, 61, 131-139, doi:10.1016/j.dsr.2011.12.003
  • Orr, J., et al., 2005: Anthropogenic ocean acidification over the twenty-first century and its impact on calcifying organisms, Nature, 437, 681-686, doi:10.1038/nature04095.
  • Raven, J. A. et al., 2005, Ocean acidification due to increasing atmospheric carbon dioxide, Policy document 12/05, The Royal Society, London, UK, 60pp.


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