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1.1.2 北西太平洋の底層の水温変化

第1章 地球温暖化に関わる海洋の長期変化
1.1.2 北西太平洋の底層の水温変化の要約はこちら
平成25年12月20日

診断概要

診断内容

 北大西洋のグリーンランド沖や南極海の南極大陸陸棚周辺で表層の海水が冷却され形成される低水温、高塩分の重たい水が、海洋の底層にまで沈み込み、北太平洋やインド洋などで上昇して、再び高緯度域へと戻っていくという約1000年の時間スケールで海洋全体を巡る循環を深層循環という。この深層循環は、高緯度域に運ばれた暖かい海水が冷却される際、大量の熱を大気に放出するため、気候の形成に大きな役割を担っており、気候変動においても重要な役割を果たしてしていると考えられる。
 近年、太平洋における底層水の経路に沿って、水温上昇が観測されており、深層循環の変化が示唆されている。ここでは、北西太平洋の底層の水温変化の状況を診断する。

診断結果

 2010~2012年の観測と1980~1990年代の観測の比較から、北西太平洋の底層の水温に0.004~0.005℃の上昇がみられる。太平洋では、1990年代以降、他の海域においても同程度の底層の水温上昇が確認されている。これらの観測結果や数値モデルによる解析結果から、北西太平洋の底層での水温上昇は、南極周辺の海域における海水の冷却が弱まり、沈み込む海水が減少した影響が海底地形に沿って数十年かけて北西太平洋まで伝播し、水温の上昇として現れたものであることが示されている。このような底層の水温上昇が地球温暖化に伴うものかどうかについては、継続的な観測データによる検証が必要である。

1 深層循環の基礎知識

(1)深層循環

北大西洋のグリーンランド沖や南極海の南極大陸陸棚周辺の海域で、表層の海水は大気による強い冷却を受けるため低水温、高塩分の密度の大きい(重い)海水が形成され、海底まで沈み込み、海洋の底層(水深約4000m以深)を地球全体に広がっていく。この密度の大きい水が形成される過程は、両海域で異なる。北大西洋のグリーンランド沖では、高塩分の水が湾流によって南から運ばれているため強い冷却によって形成されるのに対し、南極大陸陸棚周辺の海域では、水温が低くなって海水が凍る際に真水だけが凍り、凍らずに残った海水の塩分が高くなることによって形成される。
沈み込んだ海水は、海中を移動するうちに周囲の海水と混合したり、海底からの地熱により暖められたりすることで軽くなり、再び浮き上がってくる。南極大陸陸棚周辺やグリーンランド周辺で形成された重たい海水は、やがてインド洋や太平洋の海底付近を北上し、北上しながら軽くなった海水はゆっくりと上昇し、海洋深層(水深約2000m~4000m)を南下する。これらの循環は、約1000年の時間スケールで海洋全体を循環している(図1.1.2-1)。海洋の深層循環は、非常にゆっくりとしているが、膨大な量の海水を運ぶため、地球全体の南北の熱バランスに大きく寄与しており、気候変動に重要な役割を果たしている。
深層循環は高緯度域で表層の海水が沈み込むことによって維持されていることから、地球温暖化に伴って、海水の沈み込みが起こる高緯度域の海水温が上昇した場合、氷河や氷床といった氷の融解及び降水の増加などによって低塩分化した場合には、表層の海水が軽くなるために深層へ沈み込む量が減少し、深層循環が一時的であれ弱まることが考えられる。気候モデルによるシミュレーション結果などから、深層循環が弱まった場合には、世界各地の気候を変える可能性が指摘されている。例えば、1万年以上前には氷期の終了に伴う温暖化が進行する時期に温暖な亜間氷期から突然寒冷化し、亜氷期になったヤンガードリアスと呼ばれる時期があった。この気候の変化は深層循環の大きな変化が原因という説が有力といわれている。

(2)太平洋における深層循環

図1.1.2-1 海洋の深層循環の模式図

図1.1.2-1 海洋の深層循環の模式図

海洋の循環を表層と深層の2層に単純化したもので、赤線は表層流、青線は深層流を示す(IPCC(2001)をもとに作成)。

太平洋では、南極周辺の海域での冷却によって形成された底層水(周極底層水、Circumpolar Deep Water)が海底に沿って北太平洋まで北上する間に海底からの地熱や上層の海水との混合により水温が上昇して軽くなり、北太平洋深層水として太平洋の深さ2000~3000mの深層を南へ戻ると考えられている(図1.1.2-2)。
底層水は、形成域に近いほど、形成された時の海水の特徴(低温、高塩分、高酸素など)を強く残している。また、底層水の流れは海底地形の影響を強く受けるため、これまでに得られた観測結果と海底地形から底層水の経路を推定することができる。
太平洋の底層水は、南太平洋では海盆の西岸に沿って北上し、サモア水路(図1.1.2-3中の「S」マークで示した地点)を通過すると中央太平洋海盆を北へ進む東側分枝流とメラネシア海盆へと進む西側分枝流に分かれる。東側分枝流は、北緯10度付近で更に分岐して東に流れ、ハワイ島南方を通って北東太平洋海盆に入る。それ以外の東側分枝流は北に流れウェーク島水路(図1.1.2-3中の「W」マークで示した地点)を通過して、日本列島の東に達する。西側分枝流は、東マリアナ海盆を北上して、日本列島東方で東側分枝流と合流し、北海道、千島列島、アリューシャン列島の沖合を通って北東太平洋海盆に入る。なお、東マリアナ海盆を通る西側分枝流の一部は、マリアナ海嶺とヤップ海嶺の間にある狭い谷のような地形(図1.1.2-3中の「M」マークで示した地点)を通って日本の南のフィリピン海底層部へ流入している(Kawabe and Fujio, 2010)。
1990年代に、世界各国の協力のもとで、各大洋において、東西・南北方向に岸から岸までに及ぶ、海面から海底までの水温や塩分などの高精度な観測が実施された(世界海洋循環実験計画(World Ocean Circulation Experiment, WOCE))。近年、当時行った観測ラインにおいて再観測が行われ、WOCEでの観測との比較から、太平洋の底層水の水温が約10~15年間で0.005~0.01℃上昇したことが報告されている(Fukasawa et al., 2004; Kawano et al., 2006; Johnson et al., 2007)。この変化のメカニズムについて、海洋データ同化手法を用いた数値モデルによる数値実験の結果、南極アデリー海岸沖での海水の沈み込みの減少に起因する深層循環の変動が、深層循環の約1000年という時間スケールに比べてはるかに短い約40年で北太平洋まで伝播し、北太平洋底層での水温上昇をもたらしたことが示されている(Masuda et al., 2010)。これらの結果から、北太平洋の底層では、これまで考えられていた約千年という時間スケールよりも短い時間スケールでの変動があることがわかり、気候変動の予測において海洋深層循環の変動による影響についても考慮することがより重要になっている。

図1.1.2-2 太平洋における深層循環の模式図

図1.1.2-2 太平洋における深層循環の模式図

西経165度に沿ったポテンシャル水温(単位:℃)の鉛直分布に深層循環の模式図を重ねた。北太平洋における底層水とその上層にある深層水の境界はポテンシャル水温1.2℃とされている(Johnson and Toole, 1993; Fukasawa et al., 2004)。ポテンシャル水温は、米国海洋大気庁海洋データセンター作成のWorld Ocean Atlas 2009の気候値データ(Locarnini et al., 2010; Antonov et al., 2010)から算出。

図1.1.2-3 太平洋における底層水が流れる主な経路

図1.1.2-3 太平洋における底層水が流れる主な経路

海底地形に太平洋における底層水が流れる主な経路(曲線)を重ねた。「S」、「W」及び「M」は、それぞれサモア諸島、ウェーク島及びマリアナ海溝最深部を示す。水深は、米国海洋大気庁地球物理データセンター作成のETOPO1による。

2 北西太平洋の底層水温の監視

(1)診断に用いるデータ

図1.1.2-4に北西太平洋における底層の水温変化の比較を行う観測線を示し、表1.1.2-1に観測線の範囲、観測を行った年及び観測船を示す。気象庁ではこれらの海域において1994年(A、B、C海域)、2010年(A、B、C海域)、2011年(C、D、E海域)、2012年(C、F海域)に海面から海底までの高精度な海洋観測を行っている。
診断には、これらの海域における水温1.2℃以下の領域での平均水温を用いる。また、水温は、水圧による水温上昇分を除いたポテンシャル水温で表す。

図1.1.2-4 北西太平洋における底層の水温変化の比較を行う観測線

図1.1.2-4 北西太平洋における底層の水温変化の比較を行う観測線

薄い灰色で示した部分は、水深が4000mより浅い海域を示す。


表1.1.2-1 北西太平洋の底層の水温変化の診断に用いるデータ

北西太平洋の底層の水温変化について比較を行った海域の範囲、観測を行った年と観測船を示す。

表1.1.2-1 北西太平洋の底層の水温変化の診断に用いるデータ

(2)北西太平洋の底層の水温変化

北西太平洋における底層の水温変化を表1.1.2-2に示す。北西太平洋の底層の平均水温は、東経137度線の海域Aにおいて1994年と比較して2010年は0.004℃、同じく東経137度線の海域Cで1994年と比較して2010年は0.005℃、千島列島南東の海域Dにおいて1985年と比較して1999年は0.004℃、2007年及び2011年は0.005℃上昇している。その他の海域及び期間で底層の平均水温を比較した場合、使用した測器の精度1を考慮すると有意な変化とはなっていない。
1 1980年代~1990年代前半における水温の測定精度は±0.003~0.005℃、1990年代後半以降は±0.001~0.002℃と報告されている。従って、観測時期の異なる水温の差が0.004~0.006℃以上ある場合、有意な変化があるといえる。

表1.1.2-2 北西太平洋における底層の水温変化

平均水温の差の( )値は有意な変化でないことを示す。端数を四捨五入しているため、表記した数値の差は「平均水温の差」と値が一致しない場合がある。

表1.1.2-2 北西太平洋における底層の水温変化

3 診断

2010~2012年の観測と1980~1990年代の観測の比較から、北西太平洋の底層の水温に0.004~0.005℃の上昇がみられる。太平洋では、1990年代以降、他の海域においても同程度の底層の水温上昇が確認されている。これらの観測結果や数値モデルによる解析結果から、北西太平洋の底層での水温上昇は、南極周辺の海域における海水の冷却が弱まり、沈み込む海水が減少した影響が海底地形に沿って数十年かけて北西太平洋まで伝播し、水温の上昇として現れたものであることが示されている。
深層循環の変化は気候に大きな影響を与えるため、これらの底層の水温上昇が地球温暖化に伴うものかどうかについては、継続的な観測データによる検証が必要である。そして、南極周辺の海域を起源とした深層循環の状態がどのように変化するのか、長期的に監視を続ける必要がある。

参考文献

  • Antonov, J. I., D. Seidov, T. P. Boyer, R. A. Locarnini, A. V. Mishonov, H. E. Garcia, O. K. Baranova, M. M. Zweng, and D. R. Johnson, 2010: World Ocean Atlas 2009, Volume 2: Salinity. S. Levitus, Ed., NOAA Atlas NESDIS 69, U.S. Government Printing Office, Washington, D.C., 184 pp.
  • Fukasawa, M., H. Freeland, R. Perkin, T. Watanabe, H, Uchida, and A. Nishina, 2004: Bottom water warming in the North Pacific Ocean. Nature, 427, 825-827.
  • IPCC, 2001 : Climate Change 2001 : Synthesis Report. A Contribution of Working Groups I, II, and III to the Third Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Watson, R.T. and the Core Writing Team (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 398 pp.
  • Johnson, G. C., and J. M. Toole, 1993: Flow of deep and bottom water in the Pacific at 10°N. Deep Sea Res., Part I, 40, 371-394.
  • Johnson, G.C., S. Mecking, B.M. Sloyan and S.E. Wijffels, 2007: Recent Bottom Water Warming in the Pacific Ocean. J. Climate, 20, 5365-5375.
  • Kawabe, M., and S. Fujio, 2010: Pacific Ocean Circulation Based on Observation. J. O., 66, 389-403.
  • Kawano, T., M. Fukasawa, S. Kouketsu, H. Uchida, T. Doi, I. Kaneko, M. Aoyama, and W. Schneider, 2006: Bottom water warming along the pathway of lower circumpolar deep water in the Pacific Ocean. Geophys. Res. Lett., 33, L23613, 10.1029/2006GL027933.
  • Locarnini, R. A., A. V. Mishonov, J. I. Antonov, T. P. Boyer, H. E. Garcia, O. K. Baranova, M. M. Zweng, and D. R. Johnson, 2010: World Ocean Atlas 2009, Volume 1: Temperature. S. Levitus, Ed., NOAA Atlas NESDIS 68, U.S. Government Printing Office, Washington, D.C., 184 pp.
  • Masuda, S., T. Awaji, N. Sufiura, J. P. Matthews, T. Toyoda, Y. Kawai, T. Doi, S. Kouketsue, H. Igarashi, K. Katsumata, H. Uchida, T. Kawano, and M. Fukasawa, 2010: Simulated Rapid Warming of Abyssal North Pacific Waters. Science, 329, 319-322.


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