太平洋における深層循環

南極周辺と大西洋の高緯度域の海面付近では、大気による強い冷却を受けるため表層の水温が非常に低くなります。また、水温が低くなって海水が凍る際には真水だけが凍り、凍らずに残った海水の塩分が高くなります。このため、低水温・高塩分の密度の大きな海水となって海底まで沈み込み、沈み込んだ海水は底層水となって世界の海洋を循環しています(深層循環の変動について)。

太平洋では、南極周辺の海域での冷却によって形成された底層水(周極底層水)が海底付近を北上しています。この底層水は、海底に沿って北太平洋まで北上する間に地熱や上層の海水との混合により水温が上昇して軽くなり、北太平洋深層水として太平洋の水深2000~3000mの深層を南へ戻っています。過去の研究では、北太平洋における底層水とその上層にある深層水の境界はポテンシャル水温1.2℃とされています(Johnson and Toole, 1993; Fukasawa et al., 2004)。

西経165度に沿ったポテンシャル水温断面図

太平洋における深層循環の模式図

西経165度に沿ったポテンシャル水温(単位:℃)断面図に深層循環の模式図を重ねた。南極周辺の海域から低水温の海水が海底に沿って北上しているのが分かる。ポテンシャル水温は、米国海洋大気庁海洋データセンター作成のWorld Ocean Atlas 2009の気候値データ(Locarnini et al., 2010; Antonov et al., 2010)から算出した。

底層水は、形成域に近いほど、形成された時の海水の特徴(低温、高塩分、高酸素など)が強く残っています。また、底層水の流れは海底地形の影響を強く受けるため、これまでに得られた観測結果と海底地形から底層水の経路を推定できます。

太平洋の底層水は、南太平洋では海盆の西岸に沿って北上し、赤道を通過して北太平洋へ入ると、複数の流路に別れて北太平洋の底層を流れています。サモア諸島の北東(下図中の「S」付近)やウェーク島の東側(下図中の「W」付近)では、中央が深く両側が浅い谷のような海底地形になっているため、比較的強い流れがあります。日本の南のフィリピン海底層部へは、マリアナ海嶺とヤップ海嶺の間にある狭い谷のような地形(下図中の「M」付近)を通って流入していると考えられています。

1980~1990年代に世界各国が協力して世界海洋循環実験計画(WOCE:World Ocean Circulation Experiment)における海面から海底までの高精度の海洋観測が全球で実施されました。近年、当時行った観測ラインの再観測が行われ、その比較から太平洋の底層水の水温が10~15年間で0.005~0.01℃上昇していることが報告されています(Fukasawa et al., 2004; Kawano et al., 2006; Johnson et al., 2007)。海洋データ同化手法を用いた数値モデルによる数値実験の結果、南極アデリー海岸沖での水温上昇による海水の沈み込みの減少を起因とする深層循環の変動が、深層循環の時間スケール(約千年)に比べてはるかに短い約40年で北太平洋まで伝播し、北太平洋底層での水温上昇をもたらしたことが示されています(Masuda et al., 2010)。これらの結果から、北太平洋の底層では、これまで考えられていた約千年という時間スケールよりも短い時間スケールでの変動があることが分かりました。このため、気候変動の予測において海洋深層循環の変動による影響についても考慮することが重要になってきています。

太平洋における底層水が流れる主な経路

太平洋における底層水が流れる主な経路

線は底層水が流れる主な経路を示す。「S」、「W」、「M」マークは、それぞれサモア諸島、ウェーク島、マリアナ海溝最深部を示す。水深には、米国海洋大気庁地球物理データセンター作成のETOPO1(緯度経度1分格子の標高・水深データ)を使用。

参考文献

  • Antonov, J. I., D. Seidov, T. P. Boyer, R. A. Locarnini, A. V. Mishonov, H. E. Garcia, O. K. Baranova, M. M. Zweng, and D. R. Johnson, 2010: World Ocean Atlas 2009, Volume 2: Salinity. S. Levitus, Ed., NOAA Atlas NESDIS 69, U.S. Government Printing Office, Washington, D.C., 184 pp.
  • Fukasawa, M., H. Freeland, R. Perkin, T. Watanabe, H, Uchida, and A. Nishina, 2004: Bottom water warming in the North Pacific Ocean. Nature, 427, 825-827.
  • Johnson, G. C., and J. M. Toole, 1993: Flow of deep and bottom water in the Pacific at 10°N. Deep Sea Res., Part I, 40, 371-394.
  • Johnson, G.C., S. Mecking, B.M. Sloyan and S.E. Wijffels, 2007: Recent Bottom Water Warming in the Pacific Ocean. J. Climate, 20, 5365-5375.
  • Kawano, T., M. Fukasawa, S. Kouketsu, H. Uchida, T. Doi, I. Kaneko, M. Aoyama, and W. Schneider, 2006: Bottom water warming along the pathway of lower circumpolar deep water in the Pacific Ocean. Geophys. Res. Lett., 33, L23613, doi:10.1029/2006GL027933.
  • Locarnini, R. A., A. V. Mishonov, J. I. Antonov, T. P. Boyer, H. E. Garcia, O. K. Baranova, M. M. Zweng, and D. R. Johnson, 2010: World Ocean Atlas 2009, Volume 1: Temperature. S. Levitus, Ed., NOAA Atlas NESDIS 68, U.S. Government Printing Office, Washington, D.C., 184 pp.
  • Masuda, S., T. Awaji, N. Sufiura, J. P. Matthews, T. Toyoda, Y. Kawai, T. Doi, S. Kouketsue, H. Igarashi, K. Katsumata, H. Uchida, T. Kawano, and M. Fukasawa, 2010: Simulated Rapid Warming of Abyssal North Pacific Waters. Science, DOI:10.1126/science.1188703.

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