海洋中の二酸化炭素蓄積量

海洋中への二酸化炭素の蓄積

産業革命(1750年ごろ)以降、大気中の二酸化炭素濃度は年々増加しています。大気と海洋が接している海面では、大気と海洋の間で二酸化炭素の交換が行われています。大気中の二酸化炭素の増加に伴って、海水に溶け込む量が増えるため海洋表面の二酸化炭素も年々増加しています。海洋中に吸収された二酸化炭素は、海洋の循環や生物活動により深層に運ばれ蓄積されていきます。

現在、海洋は大気中に存在する量の約50倍もの炭素を蓄えています。また、産業活動によって排出された二酸化炭素(炭素重量換算で1年あたり約109億トン炭素)の約4分の1を海洋が吸収しています(IPCC, 2021)。しかしながら、地球温暖化の進行により、海洋の二酸化炭素吸収能力や海洋の循環が変化することが予測されています。大気中の二酸化炭素濃度を左右する海洋の二酸化炭素吸収能力を監視するため、海洋に蓄積された二酸化炭素量を把握することが重要です。

産業革命以降、人間活動により排出された二酸化炭素を吸収した量(人為起源二酸化炭素蓄積量)は、海洋全体で約1700億トン炭素(炭素の重量に換算)にのぼります。海洋中の二酸化炭素蓄積量の分布は一様ではなく、北大西洋や南半球の南緯15度から南緯50度の範囲の海域で多くなっています(IPCC, 2021, Gruber et al, 2019)。北太平洋の分布の特徴としては、東側より西側で多く、また赤道付近より高緯度側で多くなっています。気象庁が観測を行う北西太平洋は、北太平洋の中では、比較的二酸化炭素の蓄積量が多い海域です。

海洋中の二酸化炭素蓄積量

図1 1994年から2007年の海洋の二酸化炭素の吸収・放出量(左)及び海洋中の二酸化炭素蓄積量(右)

IPCC(2021)より。1994年から2007年の期間における海面での二酸化炭素の吸収・放出量(左)及び二酸化炭素の鉛直積算量(右)。単位はグラム炭素/m2/年)。

太平洋の二酸化炭素蓄積量の最近の特徴

1990年代以降、近年までの二酸化炭素の蓄積量とその蓄積する速度を明らかにする試みが行われています。北西太平洋においては、大気の二酸化炭素濃度の増加速度にほぼ対応して海水中に蓄積している二酸化炭素の量が増加していることが報告されています(Ishii et al., 2010)。1990年代と2000年代にそれぞれ高精度な観測が行われた、太平洋域の9つの測線に沿った二酸化炭素観測データを用いて、南緯50度以北の太平洋における二酸化炭素蓄積量が解析されています(Kouketsu et al., 2013)。

太平洋における二酸化炭素蓄積量は、10年あたり84億トン炭素と見積もられています。蓄積量は南太平洋の方が北太平洋よりも多くなっています。単位面積当たりの蓄積速度は、南北太平洋の中緯度帯で大きく、低緯度帯や北太平洋の高緯度帯で小さくなっており、モード水の形成による二酸化炭素の取り込みによる影響がみられています。同緯度帯でみると、東へ行くほど小さくなる傾向にあります。

1990年代及び2000年代の海洋全体の二酸化炭素の吸収量はそれぞれ1年あたり20及び21億トン炭素と見積もられており(IPCC, 2021)、1平方キロメートル当たりに換算すると10年あたりおよそ60トン炭素/km2です。北太平洋では、全海洋の吸収速度の平均とほぼ同程度の速度で二酸化炭素を蓄積しています。

表1 海洋中の二酸化炭素蓄積量(Kouketsu et al., 2013)
海域人為起源二酸化炭素蓄積量
(億トン炭素/10年)
北緯40~65度3±2
北緯20~40度15±2
南緯20~北緯20度27±4
南緯50~20度39±3
84±5

北西太平洋亜熱帯域の二酸化炭素蓄積量の特徴

気象庁の観測定線である東経137度、165度では1990年代前半から海洋中の二酸化炭素濃度の観測を実施しており、2010年から開始した北緯24度の観測結果も加えて、北西太平洋亜熱帯域における海洋中の二酸化炭素の蓄積量を見積もっています(海洋中の二酸化炭素蓄積量)。

この海域には、北太平洋回帰線水、北太平洋亜熱帯モード水、北太平洋中層水といった北太平洋における特徴的な水塊が分布しており(北太平洋亜熱帯循環と代表的な海流および水塊)、各水塊はそれぞれの形成域において海面で大気から二酸化炭素を取り込み海洋内部へ移流することで、海洋内部に直接二酸化炭素を運びます。そのため、これら水塊が重なり合う海域で特に蓄積量が多くなっています(図2)。

亜熱帯循環域の二酸化炭素蓄積量

図2 亜熱帯循環域における二酸化炭素蓄積量と代表的な水塊の分布

グラフはポテンシャル密度27.2σθまでの二酸化炭素蓄積量を、地図面上の陰影は水塊の平均的な分布を表します。グラフの色は観測定線(赤:東経137度、青:東経165度、緑:北緯24度)です。それぞれの水塊が重なり合う北緯20~30度で二酸化炭素蓄積量も多くなっています。蓄積量は1990年代以降2021年までの観測データをもとに、水塊分布はWOA18(Garcia et al., 2018)をもとに描画しています。

図3は二酸化炭素蓄積量の増加速度を密度帯ごとに評価したもので、ポテンシャル密度σθ=~25.0は回帰線水、σθ=25.0~25.5は亜熱帯モード水、σθ=25.5~26.5は主水温躍層、σθ=26.5~27.2は中層水が分布する密度帯に概ね対応します。北緯20度以北では水塊分布を反映してそれぞれの層で蓄積が大きくなっています。例えば、σθ=25.0~25.5の層は亜熱帯モード水の分布を反映して北に向かって厚くなり、それに伴い蓄積量も北に向かって増えているのがわかります。一方、亜熱帯モード水や中層水が分布しない北緯10~15度では二酸化炭素の蓄積が浅い層に限られ、深い層の蓄積量はごくわずかです。これは、二酸化炭素が水塊の移流に伴って海洋内部に運ばれていることを裏付けます。また、北緯24度に沿った東西方向には、水塊の東西一様な分布を反映して二酸化炭素も概ね一様に蓄積されていることがわかります。

このように、二酸化炭素の海洋への蓄積は、水塊の分布が重要な役割を果たしています。

密度帯ごとの緯度/経度別二酸化炭素蓄積量

図3 密度帯ごとの緯度/経度別二酸化炭素蓄積量

上段:東経137度、中段:東経165度、下段:北緯24度の緯度/経度別二酸化炭素蓄積量の鉛直分布。色分けはポテンシャル密度を表し、σθ=~25.0は回帰線水、σθ=25.0~25.5は亜熱帯モード水、σθ=25.5~26.5は主水温躍層、σθ=26.5~27.2は中層水が分布する密度帯に概ね対応します。蓄積量は1990年代以降2021年までの観測データをもとに描画しています。混合層の深さはWOA18(Garcia et al., 2018)をもとに決定しています。

海洋中の二酸化炭素蓄積量の変化を監視し、海洋全体の炭素循環の状況を把握することは、海洋の二酸化炭素の吸収能力の評価や地球温暖化予測の精度向上にも貢献します。

参考文献

  • Garcia H.E., T.P. Boyer, O.K. Baranova, R.A. Locarnini, A.V. Mishonov, A.Grodsky, C.R. Paver, K.W. Weathers, I.V. Smolyar, J.R. Reagan, D. Seidov,M.M. Zweng (2019). World Ocean Atlas 2018: Product Documentation. A.Mishonov, Technical Editor.
  • Gruber, N. D. Clement, B. R. Carter, R. A. Feely, S. Van Heuven, M. Hoppema, M. Ishii, R. M. Key, A. Kozyr, S. K. Lauvset, C. Lo Monaco, 2019: The oceanic sink for anthropogenic CO2 from 1994 to 2007. Science, 363(6432), 1193-1199, doi:10.1126/science.aau5153.
  • IPCC, 2021: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change[Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M.I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T.K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R Yu, and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 2391 pp. doi:10.1017/9781009157896.
  • Ishii, M., D. Sasano, N. Kosugi, T. Midorikawa, S. Masuda, T. Tokieda, T. Nakano, and H. Y. Inoue, 2010: Trend of DIC increase and acidification in the interior of the western North Pacific subtropical gyre, Eos Trans. AGU, 91(26), Ocean Sci. Meet. Suppl., Abstract IT25M-11.
  • Kouketsu, S., T. Doi, and A. Murata, 2013: Decadal changes in dissolved inorganic carbon in the Pacific Ocean. Global biogeochem. Cycles, 27, doi:10.1029/2012GB004413.

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